【連載・日本の中にある英国】Vol.1 valve daikanyama「なるべく英国に寄せるのと、“映えない”ものを作るというのがお店のルールなんです」

valve daikanyama

英国の文化の魅力を日本の多くの人たちに伝えたい ── この連載「日本の中にある英国」では、そんな英国を愛するお店や人を紹介していきます。

第1回目は、valve daikanyama。2022年5月7日に2周年を迎えるスコティッシュ・パブです。代官山という街に溶け込み、今では地元の方々にとってなくてはならない存在になっていますが、見た目はあまりパブらしくありません。それでも中に入ってみると、英国のパブのような雰囲気に包まれます。それはなぜなのか。そんなローカルに愛されるパブの魅力について、オーナーの湯浅雄大さん、湯浅采香のご夫妻に話を伺いました。

お店をやることはあまり考えていなくて、とにかくスコットランドで気になっていたことがたくさんあった

valve daikanyama

──valve daikanyamaを始める前から、おふたりは飲食業界で働かれていたそうですね。

雄大 はい、ぼくは19歳から飲食業界で働き初めて、そのときは京都のバーにいました。そのあと、赤坂、青山と場所を変えて、そして代官山蔦屋書店にあるAnjinの立ち上げに携わり、中目黒のsputnik、中野坂上のHighlander inn Tokyoを経て、このvalveを開店しました。

采香 大学に入学する前にオーストラリアに留学していたんですが、そこで飲食店でアルバイトを始めて、帰国後も飲食の仕事を続けたいなと思って。大学生になった時に私もAnjinの立ち上げスタッフとして働き、夫と出会ったんです。valveのパティシエの吉田(まり子)さん、お店のデザインを手がけてくれた方もAnjinで出会いました。わたしは6、7年勤めて、夜のバー、ホールの責任者として仕事を続けていたところ、もう少し接客にゆとりのある会社に転職したところで妊娠して産休を取らせてもらったんです。その間にスコットランドに旅行したり、子どもが産まれたり、気づいたらvalveのオープンまでたどり着いていました。

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湯浅雄大、湯浅采香ご夫妻

──スコットランドが好きで、いつかはこういうお店をやりたいねという話をしながら働かれていたんでしょうか。

采香 いや、お店をやることはあまり考えていなくて、とにかくスコットランドで気になっていたことがたくさんあったので新婚旅行で行こうとなったんです。

雄大 もちろんスコッチウイスキーは好きだったんですけど、音楽も好きで、そちらの方が比重として大きかったんです、最初は。バンドもやっているんですが、好きな曲やカヴァーする曲がスコットランドのものが多いなって、後から気づいて。グラスゴーやエディンバラって、どんなところなんだろうということが気になって、じゃあ行ってみようと。

──スコットランドではどこを見て回ったんですか?

雄大 最初に訪れたのはスペイサイドです。

──北部のハイランドですね。まずはウイスキーの聖地へ。

雄大 最も古い蒸溜所のストラスアイラを皮切りにいくつか蒸溜所を巡ってから、スカイ島に渡りました。

采香 スカイ島からエディンバラに戻ってきましたが、そのときは車の免許を取っていなくて、電車とバスを乗り継いでの旅だったのでなかなか大変でした(笑)。

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──では、スコットランドの魅力に直に触れて、帰国したらお店をやりたくなってきた?

雄大 ずっとチーフバーテンダーとしてお店に立っていて、そのキャリアの次のステップとなると、もう独立くらいしかないんです。機が熟したということだったんでしょうね。そこでスコットランドの良さを伝えられるお店にしようとふたりで決めたんです。

采香 でも、こんなに早くお店をやるとは思ってなくて、もっと経験を積み上げてからだろうとイメージしていましたんですが、オープンしちゃいましたね。

“映えない”ものを作るというルール。主張するものをあまり置きたくないんです

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──valveはスコティッシュ・パブとして開業しましたが、パブにありがちなヴィクトリア調の内装とはほど遠い感じになっていますよね。壁と床がコンクリートの打ちっぱなしですが、でも冷たい雰囲気はなくて、テーブルやチェアが柔らかく温もりのあるデザインで、調和の取れたヴィンテージモダンな店内になっています。

雄大 見た目ではなく、パブの本質的なところを表現したかったんです。色々な人が気軽に入ってきて、そこで交流も生まれるというような。お店を通じて人と人がつながれるように願って、名前も“Valve”にしたんです。

采香 英国に着いたとき、朝からコーヒーもお酒も飲めるお店が多いのにびっくりしたんですが、これはおもしろいな、と思って。仕事前にコーヒーと朝食を食べる人もいれば、今日は休日だから朝から飲みたいという人もいる。わたしたちは旅行者だったから、朝から飲めたらうれしいわけです。そんなスタイルに近づけるようなお店を目指しました。

 

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──店内の内装やデザインでここは譲れないという点はありましたか?

雄大 特にはなかったんですけど、ぼくはTANNOYのスピーカーを置きたいというくらいですかね(笑)。

采香 そこはこだわっていたよね(笑)。デザイナーに全幅の信頼を寄せていたので、基本的にはおまかせでした。木材はオークで、金属はカッパーでお願いしますというくらいで。

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──メニューの選定はどのように? お酒に関しては雄大さんが選ばれたと思いますが。

雄大 お酒はそうですね。食べ物はHighlander innの影響が強いです。スイーツに関しては吉田さんに最低限のルールだけ伝えてお任せしちゃっています。なるべく英国に寄せるのと、“映えない”ものを作るというルールです。

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──“映えない”?

雄大 主張するものをあまり置きたくないんです。なので、きれいなカクテルとかも出していませんし。インスタに上げてもあまりおもしろくないと思います(笑)。

──通常、開店したばかりのときはお店にお客さんが付いていなくて、SNSなどを使って周知を図りますが、その逆ですね。

采香 一瞬の流行りみたいなものは極力取り入れたくないんです。それで苦労されているお店の方もいらっしゃる。撮影だけして、食べずに帰ってしまうお客さんがいたり。口にして本当に美味しくて満足できるというのがいちばん大切だと考えているので、見栄えよりも味を優先しています。

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VALVE ALES

──確かに英国の食事やスイーツって、あまり映えませんね。ビールも含めて基本的に茶色系ですし。でも味わい深い。いまだに英国の料理がまずいと言っている人と同じで、本質を理解していないというか。valveのビールもエールにこだわり、流行りのIPAはボトルでしか提供していませんね。ドラフトビールは采香さんの出身地にある松本ブルワリーで製造されたものがメインになっています。

采香 そうなんです。あとで知ったんですが、中学の後輩が松本ブルワリーで製造してくれていて。

雄大 ドラフトとは別にレシピを醸造家の方に送って、valveオリジナルのリアルエールを開発してもらいました。現在ボトルでも販売中です。やっぱり英国を感じさせるビールにこだわりたくて、ぜひエールを飲んでもらいたい。でも、最初はまったく飲まれなかったですね。

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──ラガーかIPAの注文ばかりだった?

雄大 ラガーは置いてないんですが、IPAを注文される方が多かったですね。ビターというビールの認知度が低すぎて。今はビターを注文される方がメインになってきました。やはり飲み飽きない味なんですよね。英国で飲まれ続けている理由もそこにあると思います。

理想とする地元の人たちが集まるスコットランドのパブは一見のお客であっても居心地がいい

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──しかし、コロナ禍での開店でいきなりの逆風となりましたね。

雄大 オープンしました! って、表立ってアピールすることもはばかられて、ひっそりと灯りだけが点いているという、お客さんにとって入りづらい開店でした。夜はカーテンも閉まっているし(笑)。でも、入りづらさもある程度大事なんですよね。さらにスコットランドという狭いテーマがあって、その上で来店される方、常連になってくれる方は価値観が近いというか、時間もかからずに打ち解けられる。ラガーを出さないお店って日本ではほとんどないでしょうし、かなり限定的なことをやっていますが、むしろお客さんが定着してくれる近道になったと思います。

采香 常連のお客さんの9割近くが代官山か、その近辺にお住まいの方ですね。まさにローカルのパブになっています。代官山って、実は地元の人が気軽に立ち寄れるお店って少ないんですよね。私たちも住んでいてそんなお店があればいいのにと思っていたので、valveがそうなりつつあるのはうれしいことです。

──パブの存在理由というのは、まさにそういうところにありますよね。

雄大 理想とするパブがスコットランドにあるんです。有名なパブというのは装飾も威厳があって格式があるんですが、観光客ばかりなんですよね。理想とする地元の人たちが集まるパブはそれほど装飾に凝っていないんだけど、一見のお客であっても居心地がいい。valveもそういう居場所であり続けたいですね。

──ビール、ウイスキー、フードに並んで、コーヒーもおすすめされていますよね。どうしても紅茶というイメージを抱きがちですが。

雄大 スコットランドって、コーヒーショップ多くないですか? 聞いた話でどこまで信憑性があるかはわかりませんが、イングランドへの対抗心と、紅茶が高価だったからということからスコットランドでコーヒーがよく飲まれているそうです。

采香 実はスコットランドには焙煎所も多いんですよね。わたしはコーヒーが好きなので、どの時間帯でもハンドドリップで飲みたいという思いがあったので、オペレーションが大変なんですがvalveでも昼夜問わずハンドドリップでお出ししています。ちなみにコーヒーの豆はパティシエの吉田さんの義兄さんがやられているBAKU Coffee Roastersから仕入れています。

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──今はカフェとして見られているのか、パブとして見られているのか、どちらだと思いますか?

雄大 どちらでもなく、提供しているものが目当てというよりは交流を求めて来てくれている方が多いように思います。お客さんがお客さんを呼んでくれているというか。お店で知り合った方同士が一緒に事業を始めたり、出会いの場になっているような気がします。うちよりもウイスキーをたくさん置いているお店もほかにありますし、もっとビールの種類が多いお店もある中でvalveに来てくださっているのは、そういう点を評価してくれているんじゃないでしょうか。

采香 夫は昔から人と人をつなげるのが得意で、この間も昼も夜もvalveに来れば誰かに会えそうとおっしゃってくださったお客さんがいたんですよね。代官山という街で、そうした場所になれたのはすごくうれしいことだと思います。

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──これからのvalveをどうしていこうかとおふたりで話し合っていることはありますか?

雄大 オリジナルのビールをもっと作ったり、マニアックなウイスキーを仕入れていきたいとかありますが、あまり日常のレベルから逸脱しないようにしていこうを思っています。生活の一部であり続けたいですね。このお店はここがいいというような明確な魅力があるよりも、何かいいなという曖昧なくらいでやっていきたい。知らないことを知りたくなる、ここに来れば何かがあるというようなお店であり続けたいですね。

采香 これからもお客さんとはそういうコミュニケーションを取っていけるといいですね。知らない、飲んだことのないお酒や食べ物もチャレンジしてもらえると、そこから話が始まったりするので。パブって固定化されたイメージがあって、valveは一見パブっぽくないかもしれません。でも、お店に入ってもらえたらきっとパブの本質的な部分を感じ取ってもらえると思います。特に英国のパブに行かれたことがある方は、懐かしく感じてもらえるんじゃないでしょうか。

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所在地
東京都渋谷区代官山町13-7 1F
営業時間
11時~24時 年中無休
電話番号
03-6455-0752
リンク
https://valvedaikanyama.com/

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