英国政府、国立博物館への海外観光客入場料を検討──25年続く無料ポリシーを転換か

大英博物館

英国政府が、大英博物館やナショナル・ギャラリーなど主要国立博物館への海外観光客に対する入場料の導入を検討しています。25年間維持されてきた無料入場ポリシーの転換となる可能性があり、英国の文化政策に大きな変化が生じるか注目されています。




なぜ今、有料化の議論が浮上したのか

今回の動きは、労働党貴族院議員のバロネス・マーガレット・ホッジが実施した、公的芸術支援機関アーツ・カウンシル・イングランド(Arts Council England)の独立レビューがきっかけです。このレビューは英国文化メディア・スポーツ省(DCMS)の監督のもと昨年12月に発表されており、文化政策の抜本的改革を提言する内容でした。

ホッジ議員は「国立博物館の長期的な財務基盤を守るためには、新たな財源の確保が不可欠だ」と主張し、海外からの訪問者に入場料を課すことを提言のひとつとして盛り込みました。文化大臣のリサ・ナンディはこのレビューへの政府の回答として、「国際的な訪問者への課金が国立博物館にもたらす潜在的な機会を、博物館セクターとともに探っていく」と表明しました。

また、ナンディ文化大臣は居住者の無料入場を維持しつつ、海外観光客への課金を検討する姿勢を明確にしています。ACE改革全体への政府方針についてはこう述べています。「長きにわたり、文化の恩恵は平等に行き渡っていなかった。コミュニティが国家の物語から置き去りにされている現状を、私は傍観するつもりはない」。今回の検討はアーツ・カウンシルの刷新を軸にした幅広い改革パッケージの一部であり、フィランソロピー(篤志家による寄付)の促進や文化的税制優遇の拡充なども含まれています。



対象となる施設と想定される仕組み

現在、大英博物館・ナショナル・ギャラリー・自然史博物館・ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)などロンドンの主要国立博物館はすべて無料で入場できます。今回の提案では、この無料入場を英国居住者に限定し、海外からの観光客には別途入場料を徴収する仕組みが想定されています。

実施にあたっての前提条件として、居住者と海外観光客を区別するための「デジタルIDカード」の整備が挙げられています。ホッジ議員はデジタルIDを「不可欠な前提条件(crucial precondition)」と位置づけましたが、英国ではこの制度はまだ存在しておらず、導入には相当の時間とコストがかかるとみられています。入場料の水準については、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の$30、パリのルーブル美術館の最大€32、マドリードのプラド美術館の€15などを参考に、£15〜£20程度が見込まれています。



賛否が分かれる文化界の反応

今回の提案に対し、文化界では賛否が真っ二つに割れています。賛成派の中には「政府助成金が削られ続ける現状では、現行モデルはもはや機能していない」と現実的な観点から支持する博物館幹部もいます。チャリティ団体アート・ファンドの調査では、英国市民の72%が「観光客への課税収入を財源として国立博物館の無料入場を補助する案」を支持しており、国民の間での一定の理解があることも示されています。

一方で反対意見も根強く、カルチャラル・ポリシー・ユニットのアリソン・コール氏は「外国人観光客への課金は非常に悪いアイデアだ」と明言し、代替策としてホテル宿泊税(オーバーナイト・レビー)の活用を訴えています。V&Aのディレクター、トリストラム・ハント氏も宿泊税を通じた無料入場の維持を主張するなど、博物館側にも慎重論が根強くあります。また、観光業界からは「英国の無料博物館は観光誘致の大きな魅力であり、有料化は海外旅行者を遠ざける可能性がある」という懸念も上がっています。



25年間の「無料入場」政策の歴史的背景

英国の国立博物館における無料入場制度は、2001年に当時の労働党政権が導入したものです。それ以降、英国は世界でも数少ない「主要国立博物館が無料で楽しめる国」として国際的に高い評価を受けてきました。この政策は国内外の観光客はもちろん、教育機関や地域コミュニティにとっても文化へのアクセスを保障する重要な柱となっています。

しかしここ数年、財政圧迫が深刻化しています。財務省はすでに2024年秋の予算協議において、外国人観光客の無料入場廃止や無料入場制度そのものの全廃をモデル試算するなど、見直しの可能性を検討していたことが報じられています。当初は閣僚の反対により全面有料化は見送りとなりましたが、今回のホッジ・レビューを受けて、海外観光客に限定した課金という形で議論が再燃した形です。



今後のスケジュールと注意点

現時点では、いつから料金が導入されるか、具体的な金額はいくらになるかは未定です。政府は年内(クリスマス前)を目途に詳細をアップデートする予定としており、デジタルIDカード制度の整備が前提条件となることから、実施にはまだ時間がかかる見通しです。大英博物館・ナショナル・ギャラリーなど主要施設への入場は当面、従来通り無料で可能です。

なお、今回の議論は常設展示(パーマネント・コレクション)の入場料を対象としており、一部施設ですでに有料で提供している特別展・企画展とは区別して検討されています。今後の正式発表については、各博物館の公式サイトや英国政府のDCMSウェブサイトで随時確認することをお勧めします。

Photo: Eric Pouhier / Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

Text by British Culture in Japan編集部

 

Link

https://www.gov.uk/government/publications/arts-council-england-an-independent-review-by-baroness-margaret-hodge/arts-council-england-an-independent-review-by-baroness-margaret-hodge#c-tackling-the-arts-and-culture-funding-crisis

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