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イギリス南西部・デヴォン州の自然を味わう。ダートムーアの風と、家族で守り継ぐ「ファッジ」の物語
お菓子を口にするとき、人は「場所」を食べることがある──そう思うことがあります。一粒のファッジをそっと舌の上に乗せると、バターとクリームの温かな香りがふわりと広がります。どこか遠く、緑の草原と霧がかった丘陵の風景が目に浮かぶような、不思議な旅心地。
イギリスでは、ティーカップを手に、家族や友だちとおしゃべりする「ティータイム」が習慣として、今の時代にも息づいています。その時間のそばには、いつもお菓子が寄り添っていました。中でも「ファッジ」は、小さなひとかけらの中に大地と人の手の温もりを閉じ込めた、イギリス菓子の傑作です。今日は、そんなファッジの物語をお届けします。
ダートムーアの麓に広がる、緑豊かなデヴォンの大地

イギリス南西部に位置するデヴォン州は、ゆるやかな丘と牧草地、岩肌を見せるムーア(荒野)が交互に現れる、絵本のような土地です。その中心にそびえる「ダートムーア国立公園」は、古代の花崗岩が作り上げたごつごつした岩山と、どこまでも続く緑の草原で知られ、イギリス人にとっての「原風景」とも呼ばれています。

その麓の町で、代々家族によって守られているのが「ザ・デヴォン・ファッジ・カンパニー」です。1970年代、現オーナーのピーター・ボールドウィンさんのお父さんがこの土地でファッジ作りを始め、使われているのは1930年代にさかのぼる秘伝のレシピ。今でもそのレシピは変わることなく、ダートムーアの風とともに生き続けています。
この土地だからこそ生まれた「クロテッドクリーム」の魔法

デヴォン州といえば、クロテッドクリームの産地として名高い場所です。豊かな牧草を食べた牛たちのミルクから作られるクロテッドクリームは、濃厚で、まるでバターのように豊かな風味を持っています。このクリームと、地元産のフレッシュなバターをふんだんに使ってこそ生まれる、デヴォンのファッジ。
材料はシンプルでありながら、その味わいは深く、複雑です。人工保存料も香料も不使用の無添加。パーム油不使用、グルテンフリー。さらに、日本の研究機関での厳格な食品基準テストもクリアしています。遠い異国の地から届いても、安心してお口に運べる。大地の恵みを真っ直ぐに届けようとする誠実さが、このファッジを特別なものにしています。
銅鍋と木のスプーン。土地の産物を活かす1930年代からの手仕事

作業場には、大きな銅鍋がありました。クロテッドクリームとバター、砂糖と選び抜かれた素材を合わせ、それを大きな木のスプーンで絶えずかき混ぜ続けます。止まることなく、丁寧に、ゆっくりと。火から下ろしてゆっくりと冷まし、カットして包装するまで──すべての工程が手作りです。
非効率に見えるかもしれない。けれど、だからこそ生まれる丁寧さがある。人の手が素材の変化をじかに感じながら行うこの工程こそが、ファッジに独特の口どけを生み出すのです。

フレーバーはマダガスカルバニラや塩キャラメル、ラムレーズン、バリスタコーヒー、ダブルチョコレート、そしてレモンメレンゲなど多彩です。実は、レモンメレンゲはもともと日本向けの量り売り用に作られたフレーバーでした。ところが現地・デヴォンでもその爽やかな味わいが大人気となり、今では定番の箱入り商品として販売されるほどに。日本とイギリスの縁を結んだ、愛らしい逸話です。
切り分けて瓶へ。私だけの小さな「デヴォンの風景」を飾る

届いたファッジは、好みの大きさに切り分けて、お気に入りの保存容器に移してみてください。キャラメルのような甘い香りが、キッチンをほんのり満たします。

口に入れると、まるで霧が晴れるように、すっとお口の中で溶けていきます。歯にくっつくこともなく、バターとクリームの豊かな余韻だけがゆっくりと残る──これがファッジの、不思議な魔法です。お気に入りのマグカップに紅茶を注いで、一粒、手に取る。その瞬間だけ、あなたの食卓はデヴォンの丘陵地帯につながります。
ダートムーアの風の中で出会った、ひとつの手仕事

昨年の9月。宿泊していたプリマスのホテルからトーキーへ向かう途中、「ザ・デヴォン・ファッジ・カンパニー」の名前を地図で見つけました。思いがけない偶然に心が動き、少し寄り道してみることに。
車を走らせて20分ほどで到着したのは、工業団地の一角にある小さな建物。観光客向けの可愛らしいお店を想像していたので、正直少し意外な光景でした。看板を頼りにドアを開けても人の姿はなく、「Hello, Excuse me」と声をかけてみると、奥から恰幅のいい男性がゆっくりと姿を見せます。最初はわずかに警戒したような表情。それが、「日本でもあなたたちのファッジを見かけて、ぜひ訪ねたかったんです」と伝えた瞬間、柔らかな笑顔に変わりました。

工房の奥では、大きな銅鍋の中でファッジが静かに煮詰まっています。木のスプーンで絶えずかき混ぜ、素材の香りや温度の変化を確かめる手つきは、長年この仕事に向き合ってきた人のもの。忙しい時代の流れに逆らうように、「変えない」ことを大切にしているのが伝わってきます。
午前の光が差し込む静かな工房を歩くと、バターとクリームの甘い香りがほんのりと漂っていました。工業地帯の中とは思えないほど、穏やかで、ものづくりの息づかいが満ちています。
トーキーへ向かう車の中でひとかけ口にしたファッジは、やさしく舌の上でほどけていきました。その瞬間、ピーターさんの笑顔と、あの午前のやわらかな空気が鮮やかに蘇ったのです。
協力:英国政府観光庁 / Visit Devon
Link
https://thedevonfudgecompany.co.uk/
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