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バンクシーだけじゃない。アートと歴史の町、ブリストル一泊旅行
ロンドン在住のフリーランスライター、近藤麻美さんが、英国カルチャーを現地から紹介する連載「近藤麻美のカルチュラル・ウォーク」の第23回を公開! 今回は、イングランド西部の港町ブリストルの一泊二日旅行記をお届けします。バンクシーのストリートアートやブリストル・サウンドといった現代カルチャーから、大西洋奴隷貿易の歴史とコルストン像倒壊の現場となった「M Shed」、気鋭の現代美術ギャラリー「Arnolfini」、そしてイザムバード・キングダム・ブルネルが手がけた名所「クリフトン吊り橋」まで、多層的な魅力にあふれるブリストルの街を巡ります。

ロンドンからは車で2時間半ほど
イギリス西部の港町ブリストル(Bristol)に行ってきました。
ブリストルは古くから海運の拠点として発展し、中世にはアイルランドやヨーロッパ大陸との交易で栄えました。18世紀には大西洋貿易の重要な港となり、イギリスの経済発展を支えた一方、奴隷貿易とも深く関わるなど、複雑な歴史を持つ都市でもあります。
ブリストルへは、以前に何度か来たことがあるのですが、今回は次男のラグビーの試合観戦を兼ねての観光です。ロンドンを朝9時に出発。車でM4を西へと走らせ、11時半にはブリストルに到着しました。
まずは、フローティング・ハーバー(Floating Harbour)周辺へ向かいます。



ランチは、Wapping Wharf のフレンチ・レストラン『Lapin』で。

テーブルにプリントされたウサギ(Lapin)が可愛い。

サイダーとフレンチ・ロゼを
3コースで29ポンドのプリフィックス・メニューが大変おトクだったので、夫はそちらを。

セットメニューは、Pineapple Tomatoes, Goat’s Curd, Basil そして、Confit Chicken Leg, Braised Beans, Aioli。

私はビーフ・タルタに、グリュイエール・チーズのスフレをいただきました。
どれも文句なく美味しかったです。

コースのデザートはSalted Caramel & Chocolate Mousse。濃厚でしっとりとしたチョコレートの舌触り。
ランチを頂いたあとは、すぐ隣の「M Shed」へ。入場無料です。

もともとは港の倉庫として使われていた建物を改修して、2011年に博物館としてオープンしました。
ブリストルの歴史や人々の暮らしを紹介する博物館です。「M Shed」という名前は、かつて港で使われていた倉庫の名称に由来しています。館内では、ブリストルの海運、産業、交通、戦争、社会、文化などを、実物資料や写真、映像、模型などを通して紹介しています。特に、港町として発展してきたブリストルの歴史を知るうえで、とても分かりやすい施設です。
Floor0(1階)は「Bristol Places」で、ブリストルの街そのものをテーマにした展示が中心です。

ブリストル市内を走った歴史的な緑色の路線バスやブリストルの航空産業の歴史を紹介しています。

『フェリー』(2001年)─ ベリル・クック(1926-2008)。 この活気あふれる情景は、ブリストルのウォーターフロントを愛したベリル・クックの思いから生まれました。背景には、「フローティング・ハーバー(浮きドック)」沿いに立ち並ぶ建物が描かれています。
Floor1(2階)は「Bristol People」は、ブリストルという街を作ってきた人々が、何を生み出し、生活し、権利を求めて声を上げ、祝ってきたかを紹介する展示です。

「A Movement Not A Moment(一過性の出来事ではなく、継続的なムーブメント)」ジャスミン・トンプソン 2021年

ブリストルと大西洋奴隷貿易:ヨーロッパによる大西洋奴隷貿易は400年以上にわたって続きました。 それは一部の人々に富をもたらす一方で、数百万の人々に悲惨な苦しみと死をもたらしました。貿易港としてのブリストルの長い歴史の中で、大西洋奴隷貿易が占めた期間は約100年に過ぎませんが、経済的には極めて重要な役割を果たしました。この貿易は、人間を商品として扱うことに依存した、広範な物資・原材料の交易ネットワークを可能にしたのです。
まだ人々の記憶にも新しいのは、2020年6月の「コルストン像引き倒し事件」で、ブリストルの歴史と人種差別をめぐる長年の議論が、Black Lives Matter運動と結びついて大きな転換点になった出来事です。エドワード・コルストン(Edward Colston)は17~18世紀のブリストルの商人・慈善家で、学校や教会などへの寄付を行った人物として長く顕彰されていました。
しかし同時に、彼は Royal African Company(王立アフリカ会社) の幹部であり、アフリカから大西洋を越えて奴隷として人々を移送する交易に深く関わっていました。そのため、ブリストルでは以前から「彼を街の中心で記念し続けるべきなのか」という議論が続いていました。1895年にはコルストンの像が建てられましたが、20世紀後半になると彼の奴隷貿易への関与が改めて問題視されるようになりました。1990年代以降は、像を撤去すべきだという抗議も行われていました。

2020年5月、アメリカでジョージ・フロイドさんが警察官に拘束された際に死亡した事件をきっかけに、世界各地で Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター) の抗議運動が広がりました。ブリストルでも2020年6月7日に人種差別や警察による暴力に抗議する大規模なデモが行われ、約1万人が集まったとM Shedは説明しています。そのデモの中で、参加者たちはコルストン像を台座から倒しました。その後、像は道路上を移動させられ、ブリストル港(Harbour)に投げ込まれました。

抗議参加者たちは像に落書きをし、ジョージ・フロイド氏が受けた虐待を模倣するように首に膝をつき、ドックに転がしました。

4日後の6月11日、ブリストル市議会が港から像を回収しました。像には抗議の際についた落書きなどが残っており、M Shedはそれらを消さずに保存することにしました。
像の倒壊に関与したとして4人が裁判にかけられました。Colston Four(コルストン・フォー、被疑者)は、像の存在自体がヘイトクライムであり、撤去は違法ではないと主張。地元の陪審は彼らに無罪判決を下しました。

コルストン・フォーTシャツ(2021年12月)、ブリストルを拠点とする匿名アーティスト、バンクシーは、コルストン・フォーを支援する限定Tシャツの販売を発表しました。瞬く間に長蛇の列ができ、Tシャツはわずか4時間で完売しました。このTシャツは2022年のチャリティーオークションで落札され、ブリストル博物館に寄贈されました。

トニー・フォーブス『Sold Down the River(売り渡されて)』1999年 。
フォーブスは、ブリストルへの深い愛情を持ちながら、街の歴史の中にある人種差別や権力の不平等を批判しています。特に、1996年の「海の祭典」で奴隷貿易の歴史が無視されたことや、コルストン像が奴隷貿易への関与を十分に説明せず称賛されてきたことを問題視しています。また、警察による黒人・白人労働者階級への差別的な扱いや、クリフトンなどの特権的な地域との格差にも目を向けています。彼が作品を通して伝えたいのは、過去の歴史を隠すのではなく正しく向き合い、人種や階級に関係なく互いを尊重できる街を次世代のためにつくるべきだというメッセージです。

「エクスティンクション・レベリオン(XR:絶滅への反逆)」のレッド・レベル・ブリゲード(赤い反逆者隊)。
ブリストルは1990年代に「サウンド」と呼ばれる独自の音楽で広く知られるようになりました。これは、この街の多文化的な住民が受けた影響を反映した、音楽のハイブリッドな融合です。この街では常に幅広い音楽スタイルが生み出され、演奏されてきました。まさに、あらゆる時代にブリストル・サウンドが存在するのです。

1980年代、多様な音楽スタイルが融合し、音楽メディアから「ブリストル・サウンド」と呼ばれるムーブメントが生まれました。その中心となったのが、コレクティブ(音楽集団)「ワイルド・バンチ」のメンバーらによって結成されたマッシヴ・アタックです。
Floor1の「Bristol People」を通り抜けると、「Bristol Life」のコーナーがあります。ブリストルで人々がどのように暮らしてきたのかを、日常生活の道具や写真、記録などを通して紹介する展示です。

バンクシー 『Grim Reaper』 2003年:2003年5月のある夜、バンクシーは「テクラ(Thekla)」の船体の側面にグラフィティを描きました。 本人によれば、「港湾管理者がそれを塗りつぶし、クラブ側は訴訟をちらつかせた……そこで私は、港湾管理者を誘い出して実刑判決に追い込めるかもしれないと期待し、再び同じ場所に絵を描きに行った」とのことです。そうして生まれたのが、この死神を描いたステンシル作品でした。テクラより借用(2014年)

面白いストーリーがありました。

アルフレッド失踪事件:ラグ・ウィーク(Rag Week)とは、大学生がチャリティーのために奇抜な悪ふざけを行う伝統的な行事です。1956年、3人の学生がラグ・ウィークの悪ふざけとして、ブリストル博物館からゴリラの剥製アルフレッドを誘拐しました。誘拐犯たちはアルフレッドに様々な衣装を着せて写真を撮り、その失踪は街中で大騒ぎとなりました。3人の学生はアルフレッドを返還し、50年以上もの間、自分たちの関与を秘密にしていました。
有料特別展では、「アードマン」を記念するエキシビションがありました。

さすがブリストル、ソールドアウトでした。

グルミットに描かれたブリストルのマップ。
ブリストルに関して知識を持つだけで、街を散策するのが楽しくなるので、最初にMshed を訪れると良いかもしれません。
M Shedの外には、巨大なクレーンがあります。昔のブリストル港で実際に使われていた貨物用電動クレーンで、現在はM Shedの「Working Exhibits(実際に動かせる展示物)」として保存されています。

M Shedの建物は当時、貨物倉庫だったため、このクレーンはその倉庫に船の貨物を運び込んだり、船から荷物を降ろしたりしていました。
Old City の方へ歩いて、「Arnolfini」に来ました。こちらも入場無料のギャラリーです。

1階部分では、『Against the Tide』というエキシビションが開催されていました。イングランド各地の海辺の町に暮らす若者たちの声をまとめたプロジェクトです。彼らの声は、これまで見過ごされ、耳を傾けられることも少ないものでした。

16歳から25歳の若者たちの、個人やグループのポートレート、風景写真、映像作品、そして個人の証言を通じて、『Against the Tide』は、海辺の町の多くの若者が直面している不平等を浮き彫りにします。
そこには、教育への障壁や季節労働に依存する経済の課題、若者のための居場所の喪失、そしてそれがメンタルヘルスやウェルビーイング(幸福・健康)に及ぼす影響などが含まれます。
これらの物語には、愛する場所に留まりたいという思いと、未来を築くためにそこを離れる必要性(あるいは願望)との間で揺れ動く、静かな葛藤が潜んでいます。

『Against the Tide』は、若者たちは自分自身や地域社会のためにどのような未来を思い描いており、その未来を実現するには何が必要なのかを問いかけています。
2階では、別のエキシビション『Jonathan Baldock: Held』(9月27日まで)が開催されていました。Baldockは、彫刻、布、陶器、音などを組み合わせて、身体・自然・人とのつながりを表現しています。

Bear Hug:古代の神話に登場するクマから、子どもの頃に抱くぬいぐるみまで、クマが持つさまざまな意味をもとに制作されています。さらに、クマの顔には作家の母親の顔のスキャンが使われています。

展示空間にはクマ以外にも、花、植物の根、人間の身体を思わせる陶器や布の作品が置かれています。さらに音や香りも加わり、身体全体で体験する展示になっています。
特に、孤独を感じる人が増えている現代社会の中で、「人と人との身体的・感情的なつながり」や「ケアすること・されること」の大切さを問いかけています。
水路を少し散策します。

旧式のタイプライターで詩を作成してくれるそうです。

こちらの橋は今年8月に故障したのですが、まだ修理されていませんでした。
Old City に向かって歩きます。St. Nicholas Market があります。

St. Nicholas Market。

少し時間が遅かったせいか、フードストールはほぼ片付けに入ってました。
しかしながら、この室内マーケット、何度来ても買うモノはありません。

本当に残念な品揃えなのです。
City Centreにはあまり見るものはないので、Stokes Croftの方へ足を延ばします。
巨大なストリート・アートがたくさんあります。



シンセサイザー専門店「Elevator Sound」は、音楽好きの人には訪れる価値があります。

今回は何も購入しなかったのですが、前回はバッグを買いました。
可愛いバーを見つけたのでビール休憩。

暑かったので、ビールが美味しい。
ディナーは、再びWapping Wharfに戻って、「Root」で。

カラフェで頼んだマルベック

小皿料理をシェア。
これらに加えて、フォカッチャをいただいたのですが、すべてが美味しく、本当に楽しいディナーでした。
しかし、、、、デザートがあまりにも普通過ぎました...。

シュークリームとオリーブオイル&ヘーゼルナッツのケーキ。
決して不味くはないのだけど、平均過ぎてがっかりでした。料理が絶品だっただけに、残念度が半端ない...。
食後は、パブやバーが並ぶ、King Streetへ。

外は物凄い人!
金曜日なので、たくさんの人たちが外飲みしていました。21時過ぎ頃からはどのバーでも生バンド演奏が聴けます。

地元のジャズバンド。迫力があって、楽しかったです。
横にずらりと高齢の女性たちが陣を占めていたので、女子会楽しそう!と思ったら、奥様方でした。
1日目はあっという間に終了しました。
2日目はホテルを早めにチェックアウトして、College Green へ。

ジョセフ・エドガー・ボーム作のヴィクトリア女王の大理石像:前年に迎えた女王の即位50周年(ゴールデン・ジュビリー)を記念して、1888年7月25日に孫であるクラレンス公アルバート・ヴィクター王子によって除幕されました。

バンクシーがありました。

アーティスト、ダンカン・マッケラー氏による作品『Flowers For The Fallen(倒れし者たちへの花)』。この作品は、ウクライナで命を落とした人々を追悼する100本のヒマワリで構成されています。 ヒマワリは、戦没者墓地の整然とした区画を模して列状に植えられています。
ブリストル大聖堂に来ました。


ブリストル大聖堂と、19世紀のインドにおける社会・宗教改革の先駆者、ラージャ・ラム・モハン・ロイのブロンズ像。「ベンガル・ルネサンスの父」として知られるラージャ・ラム・モハン・ロイは、インドにおけるサティー(寡婦の焼身殉死)や児童婚といった伝統的慣習を廃止するために尽力しました。

大聖堂の内観。
ブリストル大聖堂は、1140年にロバート・フィッツハーディングによって創設されたアウグスティノ会の修道院を起源としています。ヘンリー8世による宗教改革のさなかの1542年、修道院の解散に伴い、同所は大聖堂となりました。
特に13世紀から15世紀にかけて大規模な拡張や改築が行われ、ゴシック様式の建築、とりわけ美しい参事会会議室や、中世のヴォールト(アーチ状の天井)を持つ「エルダー・レディ・チャペル」で知られています。


この大聖堂は、ステンドグラスがとても個性的でした。
大聖堂内にはステージが組み立てられていました。

スタッフが忙しそうに準備をしています。

夜には、「An Evening of Kate Bush」という生バンドの演奏があるようです。
最後に、何度か通り過ぎて気になっていた「Palestine Museum & Cultural Centre」へ。入場無料です。

パレスチナ・ミュージアムでは、19世紀後半から現代に至るまでのパレスチナの歴史をたどることができます。ここでは、パレスチナの遺産、文化、そして人々の日常生活に関する常設展示が行われています。パレスチナ由来の貴重な写真や衣装、各種展示品に加え、運営スタッフ自身の知識や経験も活かされています。当時の暮らしや現在の状況について、当事者の証言を含む様々な物語に触れることができます。

寄付も兼ねて、素敵なオイルボトルを買いました。

カラフルで可愛い。
ブリストル市街地を出て、車でクリフトン・ブリッジへ向かいます。市街地からは車で10分ほどです。

車で通行する場合は有料です(1車両につき1ポンド)。
世界的に有名なクリフトン吊り橋は、ヴィクトリア朝の偉大な技術者イザムバード・キングダム・ブルネルによって設計されましたが、彼自身は1864年の完成を見ることなくこの世を去りました。建設は1831年に始まりましたが、政治的・財政的な困難に見舞われ、塔が完成した段階の1843年には計画が中断されてしまいました。ブルネルは1859年に53歳の若さで亡くなりましたが、その後、彼の記念碑としてこのクリフトン吊り橋は完成に至りました。
歩いて橋を渡ります。

飛び降り防止の為でしょうか、クリフトン吊り橋には、精神的な苦痛を抱える人々を支援するため、構造物に沿って「サマリタンズ(Samaritans)」の看板やヘルプラインの案内が掲示されています。

橋の上から見た、River Avon。

エイボン渓谷にそびえるクリフトン天文台(Clifton Observatory)。英国で一般公開されている数少ない稼働可能な「カメラ・オブスクラ(暗箱)」や、伝説的な「巨人の洞窟(Giant’s Cave)」などがあります。
橋のたもとにはミュージアムがあります。橋の建設の歴史や関わった人物、ゆかりのある人々のエピソードなどを紹介しています。

小さいですが、興味深い情報がたくさんありました。

コンコルドがヒースローからフィルトンへの最後の飛行を行う(2003年11月26日)。
吊り橋を後にし、クリフトン・ヴィレッジに来ました。ランチはガストロパブ『The Albion』で。この後、クリフトン・カレッジにて次男のラグビーの試合があるため、チームメイトの両親から、グループチャットにて、「観戦する両親は一旦ここに集まりましょう」という連絡があったのです。ほとんどの両親は当日ブリストル入りでしたが、私たちは前泊していたので、早めにこちらでランチをいただきました。

すべて揚げ物...。
確かに揚げ物ばかりをオーダーした私たちにも責任があるのですが、すべてバター(衣)が厚過ぎ。とくに、カラマリは衣の方が大きいくらいで、食べている途中に胸やけが。しかも食事の最中に、ここに来るはずだった、チームメイトの両親たちから、「渋滞で間に合わない!」との連絡が次々に入り、結局私たちがランチを終えるまでには誰も来ず...。待ち合わせ場所だったので、このパブでランチすることにしたのに、ご飯はイマイチだわ、誰も来ないわで、残念なランチとなりました。
気を取り直して、ハイストリートの方へ行くと、地元フェスティバルのようなものをやっていました。

生バンドに合わせてアイリッシュ・ダンスを踊っていました。
クリフトン・ヴィレッジを散策し終えた後、次男の試合を観にいきました。
ブリストルは、港町ならではの歴史や文化、アート、音楽が楽しめる、とても魅力的な街です。ロンドンから少し足を延ばして、いつもとは違うイギリスの魅力を感じたい方には、ぜひおすすめします。
Cover Photo: VisitBritain/ James Osmond
■近藤麻美
99年に渡英。英国のニュース、海外ドラマ、イギリス生活、食、教育、音楽、映画、演劇、歴史、ファッション、アートなど、英国にまつわる文化の多岐に渡る記事を執筆している。
linktr.ee/mamikondohartley
ご連絡は、mamikondohartley@gmail.comまで。
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