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映画『ラスト・ブレス』アレックス・パーキンソン監督インタビュー|ドキュメンタリーから劇映画へ“実話の深海事故”を描く挑戦
実際の飽和潜水士の事故を描いたドキュメンタリーを基にした映画『ラスト・ブレス』のアレックス・パーキンソン監督のインタビューを公開。監督が語るのは、極限状況の臨場感をいかにスクリーンで再現し、人間の精神力とチームワークを体感させるかという挑戦です。
──本作は監督がリチャード・ダ・コスタと共同で手掛けた海洋ドキュメンタリー『Last Breath』(2019)の劇映画化です。そもそも監督が飽和潜水士の事故をドキュメンタリー作品にされたのはどうしてでしょうか。
劇映画版の監督を依頼されたとき、すごくうれしかったんですよね。この物語をより多くの人に知ってもらうことができるので。ドキュメンタリーの場合、説明的なシーンが多くなってしまいますが、フィクションという形を取ることによって、観客の方々を飽和潜水士のクリスたちと同じ場所に連れていくことができますし、より感情面の掘り下げができると思ったので、撮影がすごく楽しみでした。

実は友人が石油ガスなどの業界向けに安全性や衛生を教えるためのビデオを作る仕事をしていまして、ちょうどこの事故を題材にしたビデオを作っていたんですよね。その友人からこの話を聞いて、今回の題材となった事故について初めて知りました。みなさんと同じく、本当に驚きましたし、飽和潜水という世界に魅了されたんです。ただ、クリスの気持ちは何となく想像がついたんですよね。彼の経験には“エモーショナル・トゥルース”、つまり、わたしたち人類に共通する感情面の真実があると思ったんです。誰もが知らなかった世界に、誰もが共感できる物語があるということは、素晴らしいバランスだなと思ったんです。なので、作り手としてこれは語られるべき素晴らしい物語だとすぐに分かりました。ドキュメンタリーは結局公開するまでに4年ほどかかり、今回の劇映画版の同じく4年ほどかかったので、この物語との付き合いはすごく長くなりましたね。
──ドキュメンタリーから劇映画にする際に意識されたこと、大事にされたことはありましたか。また、監督にとってドキュメンタリー作品と本作は補完し合う作品なのでしょうか。2作品の関係性、位置づけを教えてください。
ドキュメンタリーはリアリティの延長線にあると思っているのですが、ドキュメンタリーで描くことが無理なこともあります。フィクションはそういった物語のエリアに入っていくことができました。繰り返しになりますが、今回の劇映画版『ラスト・ブレス』は観客のみなさんに主人公たちのマインドに入ってもらうための映画です。なので、ドキュメンタリー版から削ったシーンもあれば、追加したシーンもあります。例えば、ROV(遠隔操作無人探査機)のシーンなどは、付け加えたシーンです。実際にはなかったのですが、デッキにいる船員やそのリーダーを務めるクレイグがいかに必死だったか、彼の何が何でもクリスを助けるんだという気持ちを表現するために付け加えました。

ドキュメンタリー版と今回の劇映画『ラスト・ブレス』は“コンパニオン・ピース”、つまりふたつでセットと考えています。ドキュメンタリーの方は感情的にならず、あの事故やその裏の物語を理解してもらうアプローチをとっています。なので、関係者にインタビューをしていく、“トーキング・ヘッズ”形式を採用しています。観ている方はストーリーと距離感が出てしまいけれど、そういったドキュメンタリーの手法です。逆に劇映画版の方は、よりエモーショナルなレベルで物語を体感できるようにしています。つまり、ひと言で言うと、ドキュメンタリーはこの物語を理解するためのもの。劇映画の方はこの物語を体験するためのものといった関係性なのです。
──彼らが潜るまでの様子や人間関係が丁寧に描いていることで、まさに3人をすぐ側にいて見ているような、“4人目”になったような感覚でした。これはまさにあなたがドキュメンタリーから劇映画へと昇華した際の狙いでもあったと思うのですがいかがでしょうか?
ご指摘の通り、そういった没入体験は狙いでもありました。例えば、クリスの命綱が切断されてから、彼が息を吹き返すまでの時間というのは、(数秒間のズレはあるでしょうが)ほぼリアルタイムで描いています。これはもちろん意図して作っていまして、観客のみなさんが登場人物たちと共に体験してもらうためにそうしました。船員たちはブリッジからROVの映像を通して、クリスの姿を見るわけですが、彼らは何もできない。すごく無力感を感じるし、クリスが死んでしまうかもしれないという気持ちになります。そういった登場人物たちの気持ちと観客の感情をシンクロさせたかったんです。

やっぱり、こういったことはドキュメンタリーにはできないことだと思っています。登場人物たちと一緒にその時の体験がどんなものだったのかということを感じてもらうことは、劇映画ならではだと思うんです。質問では観る側がまるで4人目になったかのようだと言っていただきましたが、それはすごい褒め言葉だと思いましたし、うれしいですね。まさにそういうふうにこの映画を体験してほしかったので。
それと、彼らが潜るまでの人間関係やバックグラウンドを丁寧に描いたのは、登場人物たちを観客のみなさんに応援して欲しいと思ったからです。もちろん、クリスがなぜ潜水士になったかとか、長いバックグラウンドを描くこともできたのですが、そこは簡潔に必要な分だけ描くことにしました。
それから、伝えたかったことが人間の精神。デイヴはクリスと潜水するのは初めてなので、観客と同じようにクリスについてほとんど知りません。ですが、クリスを自分の命をかけて助けようとします。こういった見ず知らずの他人を助けようとする人間の精神力がこの映画のテーマでもあります。誰かが窮地に陥ったときに、周りの人がそうやって助けてあげる。そういう誰もが共感できて、励まされて、元気になれるようなメッセージを届けたかったんです。
──経験豊富な最年長の潜水士ダンカンをウディ・ハレルソンが演じています。彼との仕事は初めてかと思いますが、いかがでしたか。現場での彼とのエピソードがありましたらお聞かせください。
ずっとドキュメンタリーを撮っていたので、今回が初めての劇映画でした。映画の撮影現場に足を踏み入れると言うこと自体、今回初めての体験だったんです。その初日がウディ・ハレルソンをはじめ、シム・リウ、フィン・コールの3人全員がいる日だったのですが、率直に胸が熱くなりました。この映画を何年も準備してきて、ファーストシーンはこうしようとか色々と考える期間が長かったので、モニターの前に座ってこの3人の役者の演技を見た瞬間、彼らは本当にワールドクラスの、世界一流の役者なんだなと実感しました。ちょっと臭い言い方かもしれませんが、ああこれが映画のマジックなんだなって思ったんです。この3人の役者がキャラクターに息を吹き込む姿を目の前で見ることができるのは、監督としての特権だなと思いました。3人とも素晴らしかった。

特にウディは、彼が演じたダンカンと同じく、みんなの父親代わりみたいな立場でした。それが自然とシムやフィンに対しても出ていたのが、すごく良かったんですよね。撮影中に3人ともすごく仲良くなれて、まるでひとつのユニットみたいな関係性のなかで、撮影できたことは本当に素敵な体験でしたね。
──加圧のシーンから続く閉塞感と、真っ暗で冷たい深海にひとり取り残される孤独感が重くのしかかってきました。まさに“毎秒が死と隣りあわせ”という言葉通りでしたが、実際に潜水して演技をしたシム・リウとフィン・コールは潜水についてどのように語っていましたか?
シムがこの映画に参加したいと思ったのは、彼にとってまったく新しいことを体験できると思ったからみたいです。ふたりとも本当に運動神経が良いし、役者としての献身ぶりも素晴らしかったです。
英語では“Dry for wet”と言うのですが、技術的にはまったく水を使わないで濡れているようなシーンを撮ることができます。ただ、今回は100%リアルに、実際に水の中で撮影しました。やっぱり、役者自らが実際に水の中で演技していると、そのリアリティが観てる方にも伝わると思うんですよね。なので、ふたりにはトレーニング期間を経て、ほぼスタントなしで演技してもらいました。

しかも今回、水中シーンはすべて夜間撮影だったんです。マルタの野外にある、直径100メートルで水深11メートルの貯水タンクで撮影したのですが、野外にあって光の調整ができないので、ずっとナイターで撮影しました。そんな環境で水深11メートルくらいのところで撮影したので、スタッフやキャストにとっても、とても過酷な状況だったんです。ただ、シムもフィンも逆に水中シーンをめちゃくちゃ楽しんで撮影してました。水中にいるのが居心地がいいと感じていたようで、自然と水の中にいられるようなふたりだったので、本当に見事な演技だったと思います。
彼らには事前に水中撮影について説明していたのですが、フィンは父親がスキューバダイビングを日常的にしているダイバーだったんですよね。彼はそういった環境で育ってきているから、潜ること自体はすごく慣れていました。一方、シムも休暇中とかに遊びでダイビングをした経験があったので、水の中で演技をすることに対してすごく前向きでした。
──水中にいる俳優に演技を指導するのは地上とはまったく異なり、さらにヘルメットをかぶっているので、細かな表情の確認が難しかったのではないのかと思いました。そのあたりは俳優への信頼があったのですか?
もちろん、100%彼らを信頼していました。水中シーンでは演出自体が遠隔で行うことになるので、綿密なプランニングをして望んでいました。私自身は水面に浮きながら演出していたんですが、指示自体はダイブ・スーパーバイザーの女性を通じて、演出を伝えるというやり方を採用しました。毎日ナイター撮影なので、事前にスタッフとキャストに細かくプランニングをシェアしてから撮影に臨んだんですが、劇映画の場合、水中シーンはそんなに長く連続して撮影することができません。ちょっとずつシーンを撮影していくので、都度シムやフィンも地上に上がってくるんですよね。そのときに、直接会話しながら、さらに演出を付け加えていきました。

また、陽が上がってきたら、撮影ができなくなります。そういった時間との勝負でもありましたね。ただ、すごく万全を期していましたし、セーフティー用のダイバーたちも腕利きばかりだったので、事故は一切ありませんでした。先ほども言ったように、水深11メートルで撮影するということは並大抵のことではありません。ちょっとしたことで、何か事故が起こる可能性があります。ですので、万全を期して撮影に臨んでいました。
──この映画の大きなテーマは“人間の精神力”や“チームワーク”だと思いますが、この極限状況の物語を通して、観客に最も伝えたかったメッセージは何ですか?
“人間の精神力”というテーマは私にとっても大きなものでした。人間の不屈の精神というのは本当に想像以上のもので、いろんな人たちがひとつになって不屈の思いで何かをしようと思ったとき、本当にできないことはないんじゃないかというくらいの力を発揮できるんです。そういうテーマをこの物語で伝えたいと思っていました。今回の映画では、事故が起こってしまい最悪の状況に陥ります。そんなときにみんなで力を合わせて、人間の精神力が一つの方向に合わさっていきます。それを見るということは、誰にとっても気持ちが上がることじゃないかなと思います。

それと“チームワーク”も描かれていますね。それぞれが自分のできることを、決して諦めずやろうとします。そしてすべての行動が合わさったときに、奇跡が起こるんですよね。そこがこの物語の本当に驚くべきところだと思います。例えば、誰かひとりでも違う行動をしていたら、違う結果になっていたかもしれません。そういう意味で、この物語には色んな人間の精神力というものが織り込まれているんです。
世界には科学で説明できないことがまだまだあると思います。今回クリスに起きたことは、そういった科学と世界とのギャップの部分なんじゃないかなと思っています。個人的にはそう思っていますが、未来には解き明かされるかもしれませんね。作り手としては、その点に関しては曖昧に終わらせているので、観客のみなさんにそれぞれ感じて欲しいと思います。それが映画の喜びでもありますからね。
──監督としての今後の方向性について、どのようにお考えになっていますか。これからもドキュメンタリー作品をメインにされていくのでしょうか。それとも本作を機に、劇映画に舵を切っていかれますか。
今、2本の脚本を書いています。どちらも劇映画の脚本です。今回『ラスト・ブレス』の脚本を書いたことで、フィクションを作ることのおもしろさに目覚めたんですよね。ドキュメンタリーも作りたいのですが、今後は劇映画も作っていきたいと思っています。まだ出来ていないのですが、1本は(水中ものではないですが)スリラーで、もう1本はコメディ映画です。
『ラスト・ブレス』映画情報

- 監督
- アレックス・パーキンソン
- 原作
- ドキュメンタリー『ラスト・ブレス』(メットフィルム)
- 脚本
- ミッチェル・ラフォーチュン、アレックス・パーキンソン&デヴィッド・ブルックス
- 出演
- ウディ・ハレルソン、シム・リウ、フィン・コール、クリフ・カーティスほか
- 作品情報
- 2025年 / イギリス・アメリカ映画 / 英語 / 原題 : Last Breath
- 公開日
- 9月26日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開
- 配給
- キノフィルムズ
©LB 2023 Limited
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