「5人目のビートルズ」と呼ばれた男。『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』でブライアン・エプスタインの半生を知る。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

ロンドン在住のフリーランスライター、近藤麻美さんが、英国カルチャーを現地から紹介する連載「近藤麻美のカルチュラル・ウォーク in London」の第9回を公開! 今回は、9月26日(金)から全国公開される映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』を、一足先にロンドンで鑑賞した映画評をお届けします。



ビートルズが好きなら、いや、好きではなくても、ブライアン・エプスタインのことは、恐らく知っているだろう。ポール・マッカートニーに“5人目のビートルズ”と言わしめた存在だが、彼についての情報はあまり多くない。

映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』(原題:Midas Man)を観た。この作品は、ブライアン・エプスタインの半生にフォーカスした唯一の作品といえる。ビートルズを発見し、彼らを世界的スターダムに押し上げたという功績だけが評価されがちだが、その裏にあった彼の人生とは……?

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

ブライアン・エプスタイン(ジェイコブ・フォーチュン・ロイド)

    1959年、リヴァプールで家具屋「NEMS」を営むエプスタイン家。家族経営のそれにならって、長男ブライアンも業務に携わっている。とある日、ブライアンは店の一角にあるレコード販売を拡大する。試聴ブースを取り入れ、販売スペースを拡大し、人気を呼ぶ。1961年11月、ブライアンは、ザ・ビートルズというバンドがキャヴァーン・クラブでランチタイム・ライヴをやるという情報を聞き、見に行くことにする。未だ粗削りなところのある若者4人だが、ブライアンは彼らの可能性を見抜き、マネージャーになることを決心する。

    ブライアンは、ジョン、ポール、ジョージ、ピートの4人をテイラーへ連れて行き、オーダーメイドのスーツを与え、理髪店でモダンかつクリーンカットな髪型にする。さらには、彼らに正しいお辞儀の仕方を教える。

    ブライアンは、まずデッカとのオーディションを取り付ける。これは、デッカのA&Rであるマイク・スミスが、1961年12月13日にキャヴァーン・クラブを訪れ、ビートルズの演奏を見た結果を受けてロンドンで開催されたものであった。しかし、バンドは雪のために到着が遅れ、そのパフォーマンスは最高とは言い難いものであった。ブライアンは「エルヴィスよりビッグになる」とデッカを説得するものの、デッカの重役、ディック・ロウは、「ギター・グループは廃れつつある」という嘲笑的なコメントを残し、契約には及ばなかった。その後も、数々のレコード会社を訪問するが、興味を示してくれるところはなかった。しかし最終的に、パーロフォンとのオーディションを取り付け、プロデューサーであるジョージ・マーティンにビートルズの演奏を聴かせる機会を得る。マーティンは、改善の余地はあるものの、彼らがダイヤモンドの原石であることを見抜き、契約を承諾する。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

名字からも分かる通り、ブライアン・エプスタインはユダヤ人である。移民であったエプスタイン家は先代の始めた稼業が代々受け継がれていくことが暗黙の了解であった。私立校出身で、実は自身もRADA(Royal Academy of Dramatic Art、ドラマスクール)で教育を受けた経験のあるブライアンは非常に聡明で、商才にも長けていた。それは、自分の店で、大々的にレコード販売を展開した際、客に「店舗に在庫がない場合、取り寄せれば5日以内に店頭に並ぶ」ことを保証したことにも表れている。バンドのマネジメントに関する経験はゼロで、音楽業界に精通しているわけでもないブライアンだが、ここで注目すべきは、服装や髪形など、バンドのイメージチェンジを積極的に行い、礼儀や時間厳守など、その態度に関しても、バンドを教育していったという事実だ。つまり、彼は自分のやるべきことを十分に心得ていたのだ。

ブライアン・エプスタインを演じたのは、ジェイコブ・フォーチュン・ロイド。自身もユダヤ人だ。フォーチュン・ロイドは、利発で物腰が柔らかく、好感の持てるブライアンを、美しい発音の英語と表情豊かなジェスチャーで演じている。さらに、スプリットスクリーン・プロジェクションを多用し、映像にサイケデリックな雰囲気を漂わせ、フォーチュン・ロイドがカメラに向かってモノローグを語る、第四の壁を用いることにより、エプスタインへの親近感がグッと沸くという手法を取っているのも面白い。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

一方、若きビートルズを演じるカルテットを任されたのは、ジョナ・リーズ(ジョン)、ブレイク・リチャードソン(ポール)、レオ・ハーヴェイ─エレッジ(ジョージ)、キャンベル・ウォレス(リンゴ)。実在の人物を演じるのは、その容姿だけでなく、特徴をとらえて、それが視聴者に伝わるように見せないといけないが、この4人はとてもよくそれをつかんでいたと思う。ジョナ・リースは、スカウサー訛りの少し鼻にかかった声でジョンの話し方を習得し、ブレイク・リチャードソンが演じる歌い方、口の動かし方はポールそのものだ。レオ・ハーヴェイ─エレッジはジョージの小生意気な態度をうまく再現しているし、キャンベル・ウォレスのリンゴなんて、ドラムを叩く上半身、特に肩の動かし方がそっくりだ。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

実在の人物の特徴をとらえた高い演技力も見物だが、この作品には、実話からの面白エピソードがいくつか散りばめられている。例えば、“ビートルズを手放した男”として永遠に記憶される運命になってしまった、前任のマネージャー、アラン・ウィリアムズ(エディ・リザードがカメオ出演!)がバンドを「ブートルズと呼ぶべきだ」と言ったことや、初めてアビーロード・スタジオで彼らの演奏を聴いたジョージ・マーティンが、メンバーにいくつかアドバイスをした後、「何か気に入らないことがあるか?」と尋ねると、ジョージは「あんたのネクタイが気に入らないね!」と返したこと、さらに、英国王室主催のコンサートに出演した際に、ジョンが「最後の曲は皆さんも協力してください。安い席の人は拍手を、高い席の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」と言ったことなど、クスリと笑えるシーンの数々もこの作品にスパイスを与えている。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

歌い方、演奏の仕方もそっくり。

これもひとえに、脚本を担当したブリジット・グラントとジョナサン・ウェイクハムの功績によるものだが、ここでは、エプスタインがビートルズの世界的な成功に貢献したことだけに焦点を当てているわけではない。ストーリーは、同性愛が違法だった時代のエプスタインの苦悩に満ちた私生活を探り、ビジネスの成功とは裏腹に、不安障害とストレスに苛まれ、それを押さえるためのアルコールとドラッグへの依存が彼を蝕んでいくところも赤裸々に描かれている。それは、時に暴力や恐喝、さらには詐欺の餌食になることもあり、フォーチュン・ロイドは、その屈辱や絶望を痛々しく演じる。さらに、父親ハリー(エディ・マーサンが好演)が亡くなった際、「父親が自分を恥じていたのではないか」と自責の念に駆られ涙するブライアンに、母クイニー(エミリー・ワトソン)が彼を抱きしめて、父親はあなたを愛していた、と告げるシーンは、痛々しさを通り過ぎて悲哀すら感じる。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

父親の葬儀の日、母クイニー(エミリー・ワトソン)はブライアンを抱きしめ、父親は彼を誇りに思っていた、と告げる。

1967年6月、ビートルズはBBCによる世界初のサテライト・ライヴ放送「Our World」で、新曲「愛こそはすべて」を披露。ブライアン・エプスタインは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』発表の3か月後に薬物の過剰摂取により死亡。32歳だった。

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実は私がブライアン・エプスタインとという人物に強く興味を持ち始めたのは、4年前にリヴァプールで訪れたミュージアム『The Beatles Story』で彼に関する記述を読んだのがきっかけだった。

The Beatles Story

エプスタインに関する展示もある(↓)。

この作品で、ひとつだけ残念だったことは、ビートルズの曲が聴けなかったということだ。どうやら使用権が得られなかったようで、ここでは、彼らがレコーディングしたカヴァー曲や他のマージーサイド・ソングだけが使用されている。また、欲を言えば、エプスタインがこの世に送り出した、もしくは関わった他のアーティストにもっと言及してもよかったかもしれない。ここではシラ・ブラックやジェリー&ザ・ペースメイカーズの名前が挙がるが、ビージーズとエプスタインとの関係などに興味を持つ人も多いかと思う。

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

エプスタインが亡くなった1967年に、皮肉にもイングランドとウェールズで同性愛が合法化された。もしもの法制化が10年、いや5年でも早かったら、彼はこんなに苦しまずにすんだのではないか、という思いが胸に去来するのは私だけではないだろう。

公開情報

 

ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男

 

監督
ジョー・スティーヴンソン
出演
ジェイコブ・フォーチュン=ロイド、エミリー・ワトソン、エディ・マーサン
作品情報
2024年 / イギリス映画 / 英語 / 原題 : MIDAS MAN
公開日
9月26日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給
ロングライド

©STUDIO POW(EPSTEIN).LTD

■近藤麻美
99年に渡英。英国のニュース、海外ドラマ、イギリス生活、食、教育、音楽、映画、演劇、歴史、ファッション、アートなど、英国にまつわる文化の多岐に渡る記事を執筆している。
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ご連絡は、mamikondohartley@gmail.comまで。
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