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デヴィッド・ボウイの少年時代の家が一般公開へ、ロンドン南部ブロムリーで2027年末に復元完了
デヴィッド・ボウイが8歳から20歳まで暮らし、代表曲「スペイス・オディティ」を書いた南ロンドン・ブロムリーの家が、2027年末に一般公開されます。Heritage of London Trustが2026年1月8日(木)に取得を発表したこの家は、1960年代初頭の姿に復元され、若者向けの創作ワークショップ会場としても活用されます。
ボウイが少年時代を過ごした家を取得

Heritage of London Trustは2026年1月8日(木)、デヴィッド・ボウイ(本名:デヴィッド・ロバート・ジョーンズ)が少年時代を過ごした南ロンドン・ブロムリーのPlaistow Grove 4番地の家を取得したと発表しました。ボウイは1955年から1967年まで、8歳から20歳の間この家で暮らし、音楽活動の基盤を築きました。鉄道労働者向けの小さなテラスハウスであるこの家で、ボウイは初期の楽曲を書き、後に代表曲「スペイス・オディティ」を書く際も定期的に訪れていました。

自宅前で猫と。©David Bowie Estate
復元プロジェクトは2027年末の完成を予定しており、ヴィクトリア&アルバート博物館の展覧会「David Bowie Is」の共同キュレーターを務めたジェフリー・マーシュ氏が協力します。未公開のアーカイヴ資料を活用し、1960年代初頭のボウイの父親が慈善団体Dr Barnado’sに通勤し、母親がウェイトレスとして働いていた当時の内装を忠実に再現します。
9フィート×10フィートの寝室が公開の中心

自宅にて。©David Bowie Estate
復元の中心となるのは、ボウイが使っていた9フィート×10フィート(約2.7メートル×3メートル)の小さな寝室です。ジェフリー・マーシュ氏によると、「この小さな家、特に彼の小さな寝室で、ボウイは平凡な郊外の学生から並外れた国際的スターダムへの第一歩を踏み出した」と説明しています。ボウイ自身も「寝室で本当に多くの時間を過ごした。そこは私の全世界だった。本も音楽もレコードプレーヤーも全部あった」と語っていました。
若者向けの創作ワークショップを開催

自宅よりPlaistow Groveを臨む。©David Bowie Estate
この家は単なる博物館ではなく、ボウイが1969年に立ち上げたBeckenham Arts Labの理念を引き継ぎ、若者向けの創作および技術習得ワークショップの会場として活用されます。Heritage of London TrustのProud PlacesおよびProud Prospectesプログラムを通じて、若者が芸術分野での自信とコミュニケーションスキルを身につける場を提供します。Proud Placesプログラムは2020年10月の開始以来、1万人以上の若いロンドン市民が地域の歴史に触れる機会を提供してきました。
オハイオ州クリーブランドにある博物館「ロックンロールの殿堂」のグレッグ・ハリス館長は「2026年はボウイの殿堂入り30周年にあたる。この少年時代の家の復元は、ボウイの創造性とヴィジョンの起源を示し、新しい世代に夢を追いかけるインスピレーションを与えるだろう」とコメントしています。
50万ポンドの助成金と資金調達開始

自宅外観の水彩画 ©Julian Harrap Architects
Jones Day Foundationから復元プロジェクトに50万ポンドの助成金がすでに確保されており、2026年1月から一般向けの資金調達キャンペーンが開始されています。Jones Day Foundationは法律事務所Jones Dayの弁護士とスタッフが資金を提供する慈善財団で、過去5年間にわたりHeritage of London TrustのProud Placesプログラムを支援してきました。同財団のクリス・ケリー会長は「音楽と文化遺産を組み合わせたこのプロジェクトは特別で、ロックンロールの伝説のひとりの遺産を保存する」と述べています。
資金調達の詳細は専用ウェブサイト([https://bowieshouse.org/](https://bowieshouse.org/))で確認できます。
ボウイの家へのアクセス

ボウイの自宅があった4 Plaistow GroveはロンドンBromley区のPlaistowエリアに位置し、最寄り駅はSundridge Park駅となります。ロンドン中心部からSundridge Park駅まではSoutheastern鉄道の近郊列車でアクセスでき、駅からPlaistow Groveまでは徒歩約5分です。また、Bromley South駅も利用可能で、駅からバス261番または314番でPlaistow Greenバス停まで行き、そこから徒歩数分で到着します。

Photo: Ethan Doyle White(CC BY-SA 4.0、Wikimedia Commons)
復元プロジェクトは2027年末まで進行中ですが、現時点でも外観を確認するために周辺を訪れることはできます。ただし現地は一般住宅街にあるため、近隣住民への配慮が必要です。夜間は街灯が少ない可能性があるため、明るい時間帯の訪問をおすすめします。なお、徒歩圏内には1969年に若きボウイが演奏したエドワード朝様式の「ボウイ・バンドスタンド」があり、2024年にブロムリー評議会とHeritage of London Trustによって修復されています。
友人と関係者が語る家の意義

(写真左より)ジェフリー・マーシュ氏、ジョージ・アンダーウッド氏、ニコラ・ステイシー博士
ボウイの生涯の友人であるアーティストのジョージ・アンダーウッド氏は「私たちは一緒に音楽を聴いたり演奏したりして多くの時間を過ごしました。多くの人がデヴィッドの音楽に救われたり人生を変えられたりしたと言っています。それがすべてここから、この家のささやかな始まりから始まったというのは驚くべきことです」と振り返っています。作家でジャーナリストのケイトリン・モラン氏は「ファンにとって最もエキサイティングな場所は、ヒーローの10代の寝室でしょう。なぜならそこは彼らが自分自身を築いた繭だからです。デヴィッド・ボウイが文字通り宇宙へ飛び立った郊外の発射台を見る機会は、まさにスリリングな体験になるはずです」とコメントしています。
Heritage of London Trustのディレクターであるニコラ・ステイシー博士は「デヴィッド・ボウイは誇り高いロンドン市民でした。彼のストーリーを語り、新しい世代にインスピレーションを与え、ロンドンの文化遺産としてこの場所を保存できることは素晴らしいことです」と述べています。
Link
https://www.heritageoflondon.org/
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