Interview : マチュー・ボガート「海を隔てた隣国なのにイギリスとフランスは文化から何もかもが違う」

マチュー・ボガード アーティスト写真

フランスが生んだ吟遊詩人、マチュー・ボガートが英国で制作した自身初の全編英語アルバム『(En Anglais)』をリリース。フランス人の目から見たロンドン、イギリスについて、そして新作についてインタヴューを行ないました。

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1996年にデビュー・アルバム『シュベール』を発表。フランスやスイス、ベルギーなど約70公演になるヨーロッパ・ツアーを成功させ、日本でも初来日公演を敢行。98年のトーレ・ヨハンソンをプロデューサーに起用した2ndアルバム『マチュー・ボガート2』も話題を呼び、その後も独自のスタンスで音楽を発信。

パリ郊外のフォントネースーボア出身で、20歳のときにパリ中心部に移り住み、その後30年間、ナイロビ、ブリュッセルなど、世界を転々としながら暮らしているマチュー。その流浪的な生活が、ブラック・ミュージック、ブラジル音楽、そしてジェームス・ブラウンまでさまざまな要素を織り込み、これまでの彼の作品に彩りを与えています。

今回の通算8枚目のスタジオアルバム『(En Anglais)』では、彼はこれまでの「居心地の良い場所」を抜け出し、現在生活の拠点としている英国で制作されました。またキャリアにおいて初の全編英語(En Anglais)曲で構成。美しく、心のこもった、おもしろくて悲しい、とても人間的な楽曲ばかりが収録されています。

マチュー・ボガード アーティスト写真

──今回のインタヴューはフランスをはじめ、各国で生活し、創作を続けてきたあなたから見た英国を語ってもらおうと思います。まず、ロンドンに移住したのはいつで、どうしてロンドンに住もうと考えたのでしょうか?

もう5年近く前になります。そもそもロンドンに住もうと思ったのは、冒険心旺盛だから。旅をするのは昔から大好きで、世界中の多くの国に旅してきました。場所だけでなく、時代もそう。歴史に関する本を読んで違う時代に身を置いてみるのも好きなんです。そんなわけで、1年間ロンドンに住む機会があったんで、住むことにしました。

最初は1年で帰るつもりでしたが、今10歳になった子供がまだ6歳で、その子を近所の公立校に入れたんです。そこでイギリス人の友達ができて、英語も話すようになったんで、「だったらもう1年いよう」となって、さらに「もうあと1年」、「もうあと1年」となって。でも、それが最後で、1か月後にはフランスに戻る予定です。

──もう決まっているのですね。

ええ。今ほど自分の母国を愛したことはありません。外国に住んでみて、初めて自国が恋しくなるものです。特に、イギリスとフランスは文化から何もかもが違う。これだけ近くにあるというのに。もしかしたら日本も隣国と同じなのかもしれませんね。多くのヨーロッパ人はどこも同じだって思うかもしれませんが、私は実際に旅をしたことがあるから、それぞれまったく違う国だというのがわかるんです。

でも、実際にアジアを訪れたことがないフランス人だったらわからないでしょうね。同様に、イギリス人とフランス人は全然違う。その違いもおもしろいし、楽しめる部分だとは思うんですが、これだけ長く毎日異国の地で住むのは辛いこともあるんです。だからフランスに帰ることにしたんです。

──クラッパムやブリクストンに住んでいたようですね。あなたが移住した頃はもうかつての荒んだ雰囲気はなく、様々な文化が交差する街になっていたと思いますが、南ロンドンを選んだのはどうしてですか?

今もブリクストンとクラッパムの間に住んでいるんです。移り住んだ頃は、ロンドンの街の事情をまったく知らなくて。もし事前に知っていたら、ここには住んでいなかったでしょうね(笑)。北東のハックニーを選んでいたと思います。音楽シーンの中心で、自分にとってはロンドンで一番おもしろい地域なので。今住んでいるところは、公園も多くて、家族向けの住宅地です。もし、にぎやかな場所に行きたかったらブリクストンも近い。

ひとつ言っておくと、ロンドンは本当に大きな街で、把握するのが大変です。今だからこそ、「ここは貧しい地区で、ここは金持ちの地区、このあたりは右派、ここは左派、他にもアフリカのこの地域の人たち、インドのこの地域の人たちが集まっている」という街の形成がわかるようになりました。でも、ロンドンに住み始めた頃は全然知らなかったんです。ブリクストンとうい名前は知っていました。70年代の暴動とかからね。でも、それも40年も前の話ですから。

──さきほど異国の地だという話がありましたが、実際に住んでみて、フランス人の観点から驚いたことや、生活の違いはありましたか?

毎日少なくとも2時間は、「なぜ自分はこうで、なぜ彼らはああなんだ」ということを理解しようと思考を凝らしています。「こうで」と「ああだ」が何かということを説明しろと言われると、答えられませんが。例えば、イギリス人が自分の目の前に座っていたとして、相手との距離感だったり、相手に対してとる行動だったり、仕草が違う。男女間の誘い方も、作法からして違う。仕事、ファッション、恋愛感、ユーモアのセンス、金銭感覚、美意識、休暇、酒、食べ物、すべてにおける考え方が違う。言い出したらキリがありません。

──パリっ子とロンドンっ子の違いは?

パリっ子のほうが、エゴが強いですね。フランス人は自尊心を大事にする。それが必ずしもいいとは思いませんが。あとフランス人のほうが正直。思っていることを口に出します。でも、イギリス人ほど礼儀正しくない。だからパリからロンドンに来ると、心地いい。みんな礼儀正しくて、どこに行っても清潔です。日本に行った時と同じですね。誰に会っても礼儀正しくて、優しい。ドアを開けてくれるし、やたらと人のことを触ったりしない。前向きのことをいつも言ってくれる。「それ、いいんね」「好きだ」「会えてうれしい」とかね。

でも、パリの人は、こだわりが強いのか、「それはあまり好きじゃない」って。いつもじゃないけど、言いにくいことを敢えて言う部分がある。だからパリからくると、ロンドンはすごくリラックスできます。でも、時々、腹を割って話すパリが恋しくなる。どっちがいいという、良し悪しはありません。ただ違うっていうだけです。一番の違いは、パリのほうが狭いところにすべて密集しているから、どこに行っても人だらけということでしょうか。だからみんな気が張っているのかな。自分だけの空間があまりないから。ロンドンはもっと広がっているから、みんなきちんと自分のプライヴェートの空間があって、それを守っています。線引きがちゃんとある。だから、人の家に食事に呼ばれることもない。フランスでは、誰かと知り合ったら、まず「明日うちにおいでよ。食事を作るよ」と誘います。

──フランスにはカフェ文化がありますが、ロンドンでフランスと同じような雰囲気でくつろげるカフェはありますか?

フランスのカフェのようにロンドンでくつろげる場所は公園だと思います。天気がいい日には、芝生の上で寝っ転がれる。パリではできない経験です。パリにも公園はありますが、芝生に寝っ転がることができない。禁止されているから。それに、パリの公園は19時になると閉まってしまうのに対して、ロンドンではほとんどの公園が24時間開いています。私にとってロンドンでくつろげる場所なんです。

あとカフェの代わりにロンドンにはパブがあるけど、パブは私にとってはあまりくつろげるものではありません。なぜなら、イギリス人が大声で話していて、みんな背も高い。私はあまり背が高くないから、ビールをオーダーしようと思うと、かなり大変なんです。さらに、バーのカウンターでしか注文ができない。フランスでは、座ってれば誰か店員が来て注文を取ってくれる。フランスのカフェに行けないのは寂しいですね。カフェでゆっくり座って、街ゆく人を眺めたりするのが懐かしくなっているところです。

──ということは、同じようにコーヒーをちょっと飲みに行くお店はロンドンでは見つけられていないということでしょうか。

そうですね。パリのようなカフェは見つけられなかったかもしれません。ロンドンでコーヒーを飲もうとすると、スターバックス風の店になってしまいますから。コーヒーを買って、テイクアウェイのコーヒーを片手にすぐに店を出る。ゆっくり座って、長時間いるという感じじゃない。でも、フランスにすでにあるものを味わうためにロンドンに来たわけではないからかまいません。自分の母国にはないものを発見、体験しに来ているので。

マチュー・ボガード アーティスト写真

──公園以外でロンドンでお気に入りの場所は?

歩きながら知らない場所を見つけるのが好きなんですが、特定の場所はありませんね。ロンドンで残念に思うのは、街が大きすぎて、なかなか歩く機会がないということ。それと、A地点からB地点に歩いて行こうと思うと、大通りに沿っていく以外、あまり選択肢がないんですよね。抜け道がない。脇道に入ってみると、行き止まりになってしまって、また元の場所に戻る羽目になる。だからその場の思いつきで、即興的にいろんな道順で歩くことができないんです。

地図やスマホを手にするべきなんでしょうが、街を冒険したいのにスマホを使うのはもったいないですよね。ロンドンで興味を惹かれる場所はたくさんあるりますが、ただ、パリだと、パリのことは、街の歴史も大好きで、本もたくさん読んでいるから、すべて知ってるとは言わないけど、いろんな場所のことをよく知っています。パリのことだったら何を聞かれても大抵は答えられます。例えば「こういう人たちはどのあたりに集まるの?」と聞かれれば、「あの地区のこの通りだよ」と答えられますし、同じ裕福な住宅地にしても、昔からのお金持ち、若いお金持ち、左派系お金持ち、右派系お金持ち、田舎から出てきた人たち、日本、韓国、トルコ、中国から来た人たちがどのあたりに住んでいるかも大体わかります。ロンドンに関しては、最近少しずつわかるようになりましたが、まだまだ精通しているとは言えません。

──ダルストンのCafe OTOでもライヴをやっていましたね。ほかにお気に入りのヴェニューはありますか?

Cafe OTOはいわゆる「カフェ」ではありませんが、すごくいい場所です。何度かライヴをやってます。他には、サーヴァント・ジャズ・クォーターズという場所でも少なくとも15回はライヴをやっています。SJQとも呼ばれていて、ここもダルストンにあります。あとは、フランシス・カブレルの前座として、ロイヤル・アルバート・ホールでも演奏したことがありますよ。

──ロンドンに移住してから創作に対する変化はありましたか?

今作をすべて英語で歌詞を書いたという点で、これまでの作品でフランス語の歌を書いていたのとは当然違う経験になりました。でも、そこまで大きく違ったわけではありません。フランス語で歌を書く時でも、幾つかのルールを決めていますので。例えば「タ・タ・タ・タ・タ」というように音節の数を決めて、伝えたいことも決まっている中で、響きが綺麗な言葉もあれば、汚い言葉もある。そういう選択を重ねながら作品を築き上げていくんです。

今回は英語を使って作品を築いたわけで、内容は違うかもしれませんが、歌にかけた熱量は変わりません。だからロンドンに移住したことが創作に変化をもたらしたかはわからないですね。でも、ひとつ言えることは、創作における場所の影響というのは無意識のうちに起きているということ。だから次の2年で書く歌には、私がロンドンで感じたことが反映しているかもしれません。それがどんなことかはわかりませんが、ロンドンに住んでいて頭で考えていたこと、体で感じたことが、フランスで作る、フランス語で歌う歌に、なんらかの形で現れるかもしれません。

──ロンドンでのコロナ禍での生活はあなたにとって、何をもたらしましたか?

非常に興味深い状況だと思いました。私は1970年生まれで、第二次世界大戦の終戦から25年経っていた年に当たります。極めて平和で、裕福な国に生まれ育ったわけです。世界中のどの国にもいけるパスポートも持っています。ニューヨークに飛行機で行くのも、比較的安い飛行機代で済みます。裕福で、健康の心配も、戦争もない、言論や表現の自由も保証されている国に暮らすことができて非常に恵まれている。歴史を読むと、戦争があったり、侵略されたり、過去には多くの辛い時代もありました。だから、今回のような状況を経験して、自分が当たり前だと思っていた快適な生活が丸1年、2年なくなったわけです。飛行機には乗れないし、食べたいものも食べれない、人にも会えない。こんな不自由を強いられるのは初めての経験でした。

でも、なかなか興味深いと思えたんです。これが多くの人たちにとって、地球温暖化などの課題に対する考え方を変えるきっかけになればいいですね。これだけ不自由を強いられている今こそ、政府が地球温暖化について語れば、みんなもっと真剣に取り合うようになるんじゃないでしょうか。自分の生活に影響を及ぼすくらいの不便さを強いられたわけですから、自分たちが生き方を変えなければどうなるかという危機感を前より持つようになればいいですね。

マチュー・ボガード アーティスト写真

──英語で歌われていますが、あなたの語りかけてくれるように歌うスタイルは変わっていませんね。今回のアルバムで聴き手に何を伝え、感じてほしかったのでしょうか?

歌を作る時は、聴き手に何を感じてほしいかということは考えません。歌を作り、それをレコーディングするいときに一番大事なのは、自分の中にあるものをいかに美しく、ありのまま表現できるかで、しかも、他では聴いたことのない独自の伝え方で伝えること。それができた段階で、9割の仕事は終わっているんです。自分の中に抱えているものがあって、それを表現して、レコーディングして、形にできた。そこから残り1割の仕事は、世に出すこと。聴いた人が気に入って、共感してくれたら、もうそれだけで作った甲斐があります。

もし理解してもらえなかったら、残念ではありますが、一番の目的は、まず自分が表現したかったことを最善の形で表現することだからかまいません。「聴き手はどんな曲を聴きたいだろうか」と前もって考えることはありません。そこで問わなければいけないのは、「自分が何を伝え、どういうふうに伝えたいか」なので。

──ロンドンでの生活は徐々に日常を取り戻しつつありますが、完全に日常が戻ったらまず何をしたいですか?

あまり考えたことはありませんが、レストランでの外食ですかね。大勢の人と、仲間と一緒に、ワイワイした雰囲気の中で食事がしたい。映画を見ていて、マスクをしていない人でごった返しているレストランや電車のシーンなんかを見ると、「コロナ前の世界はこんなだったな。懐かしいな」と思います。だから、まず何をしたいかというと、人がたくさんいて騒がしい空間で、友達に会いたい。それから、旅もまたしたいとは思いますが、今はそれほどでもないですね。飛行機に乗ることはそれほど恋しくはありません。

インタヴュー・文 / 油納将志

マチュー・ボガード
『(En Anglais)』

(Enanglais)ジャケット写真

 

レーベル:
tôt Ou tard
発売日:
Now on Sale

TRACK LIST

1.
Annie
2.
Am I Crazy
3.
Your Smile
4.
You Like Me
5.
Once Again
6.
Guy Of Steel
7.
I Won’t Follow You
8.
I Belong
9.
The Price
10.
How Many
11.
I Won’t Follow You (Slow)

Link

https://mathieuboogaerts.com/

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