デザイン・ミュージアム回顧展『Blitz』──80年代ロンドンを形作ったカルチャーの軌跡

Blitz exhibition

ロンドン在住のフリーランスライター、近藤麻美さんが、英国カルチャーを現地から紹介する連載「近藤麻美のカルチュラル・ウォーク in London」の第12回を公開! 今回は、ロンドンのデザイン・ミュージアムで2026年3月29日(日)まで開催中の、80年代カルチャーの原点となった伝説のナイトクラブ「Blitz」の大規模展覧会「Blitz: the club that shaped the 80s」を紹介します。




1979年のロンドン。パンクが勢いを失い、サッチャー政権が台頭する不安定な時代、少数ながら強い創造力をもつ若者たちが、未来のポップ・カルチャーを形作る新しいシーンを生み出そうとしていた。彼らが集まったのは、コヴェント・ガーデンのバー「Blitz(ブリッツ)」。スティーヴ・ストレンジとラスティ・イーガンが火曜日の夜に開いたクラブナイトには、主流文化にも既存のサブ・カルチャーにも満足しない若者が集い、斬新なファッションと未来的な音楽を武器に自己表現を行っていた。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

現在、ロンドンのデザイン・ミュージアムで開催中の『Blitz: the club that shaped the 80s(ブリッツ:80年代を形作ったクラブ)』へ足を運んだ。メディアから「ブリッツ・キッズ」あるいは「ニュー・ロマンティック」と呼ばれた彼らの中からは、のちにスパンダー・バレエやボーイ・ジョージといった世界的アーティストが誕生し、多くがデザイン、映画、アートなど多方面で80年代の文化を牽引していく。本展は、こうした彼らの出発点と、その後の歩みを辿るものだ。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

このシーンを理解するには、彼らの前史である1970年代後半の環境が欠かせない。当時のイギリスは経済・政治の混乱が続き、保守的な社会意識が根強く残っていたものの、若者文化はパンクやソウルといったサブカルの反乱によって常に揺さぶられていた。公営住宅や郊外育ちの若者にとって、音楽とファッションは創造への衝動と華やかさを求める逃げ場となり、サブ・カルチャーとリヴァイヴァルが混じり合う「再発明の時代」を形成していた。中でもデヴィッド・ボウイは、変幻自在のペルソナを用いて創造的進化を続け、ブリッツ・キッズの美意識に決定的影響を与え続けた。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

一方で、パンクは社会の「常識」への反発から生まれ、ニヒリズムを帯びた世界観を提示した。ドラァグやキャバレーとも交差し、性やジェンダーをめぐる固定観念を大胆に問い直す文化が広がった。「ロッキー・ホラー・ショー」や「オルタナティヴ・ミス・ワールド」が象徴するように、逸脱が新たな表現の場となり、ジェンダーの境界が曖昧になる空気が芽生えていた。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

1970年代の英国社会が鬱屈していたにもかかわらず、クリエイティヴな人々にとっては魅力的な文化の核が存在していた。画家のダギー・フィールズ、映画監督のデレク・ジャーマン、デザイナーのザンドラ・ローズ、そしてもちろんボウイらの存在は若者たちに強い刺激を与えた。また、ソウルクラブはもっと身近な「魅力の場」として機能し、郊外の若者を都会へと導き、のちのブリッツへとつながる動線を作った。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ファッション・デザインを学ぶ学生のレイン・R・ウェッブは、ダギー・フィールズの作品をモチーフにした卒業コレクションを制作した。フィールズの力強い女性ヌードは、セクシュアリティに対する率直な姿勢だけでなく、身体に対する明確なクィア的視点も反映していた。

そのような状況の中で、1970年代後半のロンドンは住居問題こそ深刻だったが、芸術と文化に関する可能性に満ちていた。美大の授業料が無料で、多くの若者がセントラル/セント・マーチンズで学び、近くの空き店舗やクラブが新しい活動の場となった。多くがスクワット生活を送り、互いが近距離で暮らすことで濃密なコミュニティが形成された。こうして、郊外や海外から集まった若者が口コミを通じてつながり、ストレンジとイーガンを中心とするアンダーグラウンド・クラブシーンに引き寄せられていく。彼らは限られた資金と無限の創意工夫で、自らのスタイルに生きるという姿勢を貫き、新しい10年への準備を整えていった。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ブリッツ・キッズたちは、ウォレン・ストリートにあるジョージラン・ハウスにスクワットを構えた。これらのスペースは、住居としてだけでなく、デザインスタジオや写真撮影や映画のセットにもなった。1977年刑法第6条により、スクワットをする人々の立ち退きが難しくなり、セキュリティが確保された。

ブリッツ・キッズのファッションは一様ではなく、むしろ驚くほど多様だった。パンクの反ファッション精神を継承しつつ、歴史的ロマンからSF的エレガンスまであらゆるスタイルを取り込み、DIY精神と既成概念への無関心を共有していた。古着や舞台衣装、手作りの服で個性を表現し、一部はデザイナーズ・ブティックの最先端を楽しんだ。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

ブリッツの火曜夜は、普段の静かなバーとはまったく違う光景が広がった。観客は「見て、見られたい」者たちであふれ、イーガンの革新的なプレイリストに合わせて踊り、エリザベス朝ジャイヴの精密なパフォーマンスなども披露された。ティック・アンド・トックやホット・ゴシップ、マイケル・クラークらも参加し、ここで“エレクトロ・ディスコ”が未来のサウンドであることが証明された。展示ではこのクラブナイトを没入型空間で再現し、スパンダー・バレエの唯一のブリッツ・ライヴ映像も上映される。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

1980年代が幕を開けると、ポストモダン・デザインが主流化し、折衷主義と遊び心がモダニズムの純粋性からの脱却を象徴した。ブリッツ・キッズのヘア、服装、音楽はこの感性を反映し、歴史的引用とファウンド・オブジェクトを組み合わせるブリコラージュ的な発想が標準となった。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

オリー・オドネルがトニー・ハドリーのヘアスタイリングをしている様子(1981年)。ヘアスタイリストのオリー・オドネル、はクラブに通う仲間たちのパフォーマンスや写真撮影のスタイリングを数多く手がけた。ブリッツに来ていた多くの女性は、ボリュームのある、体全体を包み込むような服を着ていた。これはスタイルを主張するだけでなく、望まないセクハラを避けるためでもあった。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

スティーヴ・ストレンジ(1980年)。ストレンジは、クラブに特別な雰囲気を醸し出すと同時に、ハラスメントを恐れることなく自己表現をしたいクラブ内の人々を守るために、自らドアを開けることの重要性を理解していた。彼は、自身もミュージシャンかつスタイリストであると同時に、メディアにおいてブリッツ・シーンの要であり、新進気鋭のデザイナー、ミュージシャン、アーティストを支援し、擁護する存在でもあった。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ブルータス誌、1984年。スティーヴ・ストレンジやボーイ・ジョージは英国をはるかに超えてスタイルに影響を与えた。フランス、アメリカ、イタリア、日本の出版物は、ブリッツ・シーンを特集し、ブリッツ・キッズと、それに関連する「ニュー・ロマンティック」シーンは、世界中に広まった。

『Blitz: the club that shaped the 80s』

『THE FACE』は1980年にNMEの元編集者ニック・ローガンによって創刊さた。1981年から1986年まで同誌のアート・ディレクターを務めたネヴィル・ブロディは、型破りなテキストとレイアウトのアプローチで、『THE FACE』を革新的なグラフィックデザインの最前線へと押し上げ、1980年代の方向性を決定づけた。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ボーイ・ジョージ 『ファッション&メイクアップ・ブック』(1984年)。 ブリッツ・シーンはニッチなアンダーグラウンド現象として始まったが、メディアで爆発的に広まった。本書は、ボーイ・ジョージの最も有名なメイクアップを再現するためのステップ・バイ・ステップのマニュアルと、彼が着用した衣装の一部を再現するための縫製パターンが掲載されている。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

 

ブリッツ・クラブは、ファッション・音楽・アートの限界を押し広げる場となり、多くの才能がここから飛躍した。仲間同士の支援がありながらも、個人の成功を激しく追い求める気風が同時に存在し、過去と未来が共存する独自の文化が育った。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ブリッツの常連で、カンバウェル・アートカレッジの学生でもあったグラハム・スミスは、スパンダー・バレエが公言する未来を切り開くという野心と、過去のロマンスと優雅さを融合させた、一貫性のあるヴィジュアル・アイデンティティを創造。アルバム・アートやプロモーション・ポスターを含む、スパンダー・バレエの初期のグラフィック・デザインをすべて手がけた。

音楽面では、シンセサイザーやドラムマシンといった新技術が積極的に採用され、ミュージシャンたちは独自の「ニュー・ロマンティック・サウンド」を形作った。クラフトワークやYMOの実験精神を受け継ぎつつ、英国らしいシンセポップが生まれ、彼らは「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」として世界的に成功する。スパンダー・バレエ、ヴィサージ、カルチャー・クラブ、ウルトラヴォックスといったアーティストは音楽だけでなく、ファッションやミュージックビデオを巧みに利用してパブリックイメージを構築し、クラブ・カルチャーの感性をメインストリームへと押し上げた。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

Simmons SDS-V。世界初の完全電子ドラムキット。六角形のパッドは、1980年代初頭の未来的なシンセサイザーサウンドの代名詞となった。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

ラスティ・イーガンは、1980年代初頭のロンドンのナイトライフに決定的なサウンドをもたらした中心人物だった。プロデューサーのリチャード・ジェームズ・バージェスが「ロンドン・ブリッツのサウンド設計者」と呼んだ彼のDJプレイリストは、ロキシー・ミュージックやジーナ・エックス・パフォーマンス、スージー・スー、トーキング・ヘッズなど、多様なエレクトロニック/アート寄りの音を大胆に融合させたものだった。その選曲センスは、当時のクラブ・シーンにエレクトロとダンディズムを結びつける新しい美学を提示したと評価されている。また、バンド「ヴィサージ」のメンバーとしても活躍し、UKシンセポップの発展に大きく貢献した。

ブリッツから生まれた創造性は、80年代以降のイギリス文化を決定づけ、後世に長く影響を与え続けることになる。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

1985年7月、ウェンブリー・スタジアムとJFKスタジアムで行われたチャリティ・コンサート「Live Aid」は、推定19億人が視聴した史上最大級の放送イベントとなり、エチオピア飢餓救済のために1億5000万ポンド以上を集めた。この成功は、ポップ音楽が政治的・社会的活動へ関わる流れを象徴しており、シャーデーやゲイリー・ケンプら多くの参加者は、英国労働党を支持する「レッド・ウェッジ」に所属していた。また、彼らはトニー・ハドリーやボーイ・ジョージとともに、南アフリカのアパルトヘイト反対運動にも積極的に参加していた。

スタイリッシュで思慮深く、どこかノスタルジックでありながら刺激的。1980年代特有の心地よい混沌までも感じさせるこのエキシビションは、若者たちが誰の目も気にせず着飾り、踊り、生きることで、ポップ・カルチャーの風景そのものを塗り替えていった時代へのラブレターのようだ。80年代は実に創造力に満ち、人々が自由に交わり、自分らしさを追求できた時代だった。こうした精神は、これからの世代にとっても大きな魅力となるだろう。

 

『Blitz: the club that shaped the 80s』

Dress up Thursdays:毎週木曜日、ブリッツ・クラブや80年代を彷彿させる装いでニューロマンティックの精神を体現した来場者には、支払い時に「BLITZBESTDRESSEDTHURSDAYS」を入力すれば、チケットが20%オフになるとのこと。

■近藤麻美
99年に渡英。英国のニュース、海外ドラマ、イギリス生活、食、教育、音楽、映画、演劇、歴史、ファッション、アートなど、英国にまつわる文化の多岐に渡る記事を執筆している。
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ご連絡は、mamikondohartley@gmail.comまで。
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note:https://note.com/mamikondo_london

 

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https://designmuseum.org/exhibitions/blitz-the-club-that-shaped-the-80s

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