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消えゆくパブを救え|英国政府が580億円支援、15年で7千軒閉店の危機
英国政府は1月26日(月)、パブとライブ音楽会場を対象とした総額3億ポンド(約635億円)の支援策を発表しました。2010年以降、約7,000軒(15%)が閉店する危機に直面しているパブを「地域コミュニティの礎」と位置づけ、ビジネスレート(営業税)を15%削減します。平均的なパブで年間1,650ポンド(約35万円)の負担軽減が見込まれ、4月から適用されます。
2010年以降7,000軒が閉店、毎週8軒のペースで消えるパブ

Photo: Charlie Mckay
英国では2010年以降、約7,000軒(全体の約15%)のパブが姿を消しました。これはホスピタリティ業界全体の中でも最も高い閉店率です。さらに深刻なのは、このペースが加速している点で、2025年だけでもイングランドとウェールズでは366軒(1日平均1軒)のペースでパブが閉店しました
パブが消える背景には複数の要因が絡み合っています。パンデミック後の物価高騰、在宅勤務の普及による顧客行動の変化、そしてロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーコストの急上昇です。さらに2000年以降、英国全体で約15,000軒のパブが失われ、4分の1(25%)が消滅したことになります
レイチェル・リーブス財務大臣は1月27日(火)、この危機を受けて「パブとコミュニティを守る」ための大規模支援パッケージを明らかにしました。「地域の誇りを取り戻すには、パブとハイストリート(町の中心にある買い物通り、メインストリート)の繁栄が不可欠だ」と述べ、政府の強い決意を示しています。
ビジネスレート15%減税で年間35万円の負担軽減

Photo: THE GORDON ARMS Restaurant with Rooms / Oxana Jones
支援策の中核をなすのが、ビジネスレート(商業物件にかかる固定資産税のような営業税)の大幅減税です。4月から、イングランドのすべてのパブとライブ音楽会場のビジネスレートが15%割引され、その後2年間は実質的に税額が据え置かれます。
この措置により、平均的なパブで年間1,650ポンド(約35万円)のコスト削減が見込まれています。さらに約75%のパブでは税負担が減少または横ばいになると予測されており、パブセクター全体では2029年までに現在より8%低い税負担で営業できる計算です。
具体的な数字で見ると、支援策の効果がより明確になります。小規模なパブの場合、従来の平均的な税額が3,938ポンドでしたが、支援策なしでは9,451ポンド(140%増)まで跳ね上がる可能性がありました。今回の15%減税は、パンデミック時代の40%割引が4月に終了することによる急激な負担増を緩和するための緊急措置です。
この支援は、2025年予算で発表された43億ポンド(約9,100億円)の包括的支援パッケージに追加されるもので、75万軒以上の小売・ホスピタリティ・レジャー施設を対象とする恒久的な税率引き下げも含まれています。
なぜパブだけが特別扱いされるのか

Photo: The Riverside Inn Aymestrey
他のレストランやカフェと異なり、パブは建物のサイズではなく「売上予測」に基づいて課税される特有の仕組みがあります。ほとんどの店舗、カフェ、レストランが物件の面積で評価されるのに対し、パブは潜在的な売上高によって評価されるのです。
業界団体は、この評価方法が特にインフレ期においてコストを適切に反映していないという懸念を表明しています。実際、高インフレ期には原材料費やエネルギーコストが急上昇しても、売上予測は比例して上がらないため、実質的な負担が過大になってしまいます。
政府はこの問題を認識し、2029年の次回評価に向けて、パブの資産価値評価方法そのものの見直しに着手します。この見直しには企業、業界代表者、評価専門家が参加し、特にインフレ期におけるコストの反映方法が検討されます。ホテルについても同様の評価方法見直しが行われる予定です。
パブは「コミュニティの礎」、文化的価値を政府が認定

Photo: VisitBritain / Rod Edwards
政府がレストランやカフェよりもパブを優先して支援するのは、パブが単なる飲食店以上の存在だからです。リーブス大臣はパブを「地域コミュニティの礎」と定義し、その文化的価値を明確に認めています。
英国の文化において、パブは何世紀にもわたって社会的・文化的生活の中心であり続けてきました。階級の壁を超えて人々が集う「サードプレイス(家でも職場でもない第三の場所)」として、物語が生まれ、友情が育まれる場であり、ダーツやパブクイズといった伝統的活動の舞台でもあります。
さらにパブは英国の音楽文化を育んできた場所でもあります。ザ・ビートルズ、オアシスといった世界的なアーティストもパブから生まれました。小規模なライブ音楽会場の多くがパブとして機能しており、地域の誇りを取り戻す上で重要な役割を果たしているため、今回の支援策にも含まれています。
政府はパブの社会的機能を高く評価しており、複数の調査で7割以上の英国人がパブをコミュニティの中心的存在と考えていることも、この政策判断を後押ししています
多機能化への211億円の追加支援

Photo: Richard Legg / The Acorn Inn
政府は当初1年間で150万ポンドと発表していた「ホスピタリティ支援基金」を3年間で1,000万ポンド(約21億円)に大幅増額しました。これは当初計画の約7倍という大規模な拡充です
この基金により、1,000軒以上のパブが「コミュニティカフェ」「街の商店」「遊び場」などの機能を兼ね備え、地域住民や家族を結びつける多目的拠点へと進化することを支援します。特に地方の村落部では、パブが唯一の社交施設となっているケースも多く、郵便局や商店の機能も担えるようになれば、地域全体の活性化につながります。
また、この基金は労働市場から最も遠い人々がホスピタリティ業界で就職できるよう支援する役割も担います。若年層や長期失業者に対する職業訓練の場としてパブを活用し、地域経済の底上げも狙っています。
三重苦の現実、国民保険料・最低賃金・エネルギーコスト

Photo: The Red Lion Westminster/Fuller Smith & Turner
しかし、支援策が発表された一方で、現場からは「これだけでは不十分だ」という悲痛な声も上がっています。パブ経営者が直面しているのは、ビジネスレートだけではない複合的なコスト危機です。
第一の打撃が国民保険料(雇用主が負担する社会保険料)の負担増です。国民保険料の負担増だけでパブ平均で年間14,000ポンド(約300万円)の追加コストが発生し、経営を圧迫しています。第二に最低賃金の引き上げがあります。これは労働者にとっては朗報ですが、人件費比率の高いパブ経営には大きな負担となっています。第三にエネルギーコストの高騰です。ロシアのウクライナ侵攻以降、光熱費が2倍以上に跳ね上がったケースも報告されています。
英国ビール・パブ協会とUKHospitality(英国飲食・宿泊業界団体)は、支援策を考慮しても、パブのビジネスレートは4月から平均15%(6,400ポンド)上昇し、2028から29年度までには累計76%増になると警告しています。パンデミック時代の40%割引が4月に終了することも、業界に大きな打撃を与えます。
現場の声「コロナ禍より深刻」
最も深刻なのは、現在のコスト高騰が「店舗が閉鎖されたコロナ禍の時期よりも深刻である」という現場の声です。パンデミック中は政府の給与支援や家賃補助がありましたが、現在は営業しながらコストだけが上昇し続ける状況で、「ゆでガエル」のように徐々に体力が奪われています。
実際に1月には、パブ・バー運営会社The Revel Collectiveが経営破綻し、21店舗が閉鎖、591名の雇用が失われました。TGI Fridays UKやLeonなど、他のホスピタリティ企業も相次いで経営難に陥っています。
さらに今回の支援策から除外された他のホスピタリティセクターでは、ホテルで3年間累計115%増(平均205,200ポンド、約4,300万円)、パブでも76%増(平均12,900ポンド、約270万円)という大幅な負担増が見込まれており、業界全体から強い不満が表明されています。「なぜパブだけなのか」という批判に対し、政府は文化的価値と評価方法の特殊性を理由に挙げていますが、業界内の分断を招いているという指摘もあります。
ワールドカップ期間は深夜営業も、旅行者に朗報

Photo: VisitBritain / Daniel Wildey
暗いニュースばかりではありません。夏に開催されるFIFAワールドカップ男子大会中、イングランドとウェールズのパブは深夜営業の延長許可を受けます。日本からの旅行者にとっても、英国のパブ文化を存分に楽しめる絶好の機会となります。
準々決勝、準決勝、決勝でイングランド代表などのホームネーション(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)が出場する場合、試合開始時刻に応じて以下の営業時間延長が可能です。
- 午後9時以前キックオフの試合:深夜1時まで営業可能
- 午後10時キックオフの準々決勝:深夜2時まで営業可能
- 午後10時以降キックオフの試合は対象外
通常、このような延長営業には「一時イベント許可」の申請が必要ですが、今回は特別措置として手続きが簡素化されます。また政府は、ユーロビジョンなどの大規模イベントや地域の文化イベントでも延長営業を可能にする規制緩和を進めており、今年後半には関連の協議も予定されています。
さらに、パブが一時イベントを開催できる回数も増加する法改正が予定されており、ワールドカップの他の試合やコミュニティ・文化イベントの上映にも活用できます。パブが客室を増設したり、メインルームを拡張したりする際の計画許可規制も緩和され、地方自治体への申請なしで改装できるようになります。
これらの規制緩和により、夏の英国旅行がより一層魅力的になることは間違いありません。地元ファンと一緒にパイントを片手にサッカー観戦できる体験は、英国文化の真髄を味わえる貴重な機会です。
2029年に向けた評価方法見直し、構造改革への第一歩

Photo: DiecastMCR
政府は2029年の次回評価に向けて、パブの資産価値評価方法そのものの見直しを約束しています。この見直しには企業、業界代表者、評価専門家が参加し、実装される決定は2029年の再評価から適用されます。これは「応急処置」ではなく、「構造改革」への第一歩と位置づけられています。
政府は今年後半に「ハイストリート戦略」を発表する予定で、小売・レジャー・ホスピタリティ業界全体を支援する包括的な政策を打ち出します。この戦略は省庁横断的なアプローチで策定され、企業や業界代表者と協力して、ハイストリートが直面する長期的課題に取り組みます。
3億ポンドの支援は「一時しのぎ」「根本的な改革ではない」との批判もあります。しかし、パブを守ろうとする英国政府の強い意志の表れでもあります。2000年以降、英国全体で約15,000軒のパブが失われ、その約3分の1(35%)が消滅しました。この傾向が加速すれば、英国の文化的アイデンティティの核心が失われかねません。
次にイギリスを訪れたとき、あなたのお気に入りのパブがまだそこに残っているでしょうか。地域コミュニティの「第三の場所」としてのパブが生き残れるかどうかは、英国社会の未来を占うバロメーターでもあるのです。
なお、本支援策はイングランド限定ですが、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにはバーネット方式(人口比に基づく財政配分制度)による追加予算が配分され、各自治政府が独自の優先事項に応じて配分を決定します。
Cover Photo: The Red Lion Westminster/Fuller Smith & Turner
Text by British Culture in Japan編集部
Link
https://www.gov.uk/government/news/government-announces-support-package-that-backs-british-pubs
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