Barry Can’t Swim『Loner』インタビュー|インポスター症候群との闘いと音楽的進化

過去1年間の激動の変化を最もオーセンティックに表現したという、Barry Can’t Swimの待望のニュー・アルバム『Loner』。ワールド・ツアーという未曾有の経験と、それによって生じた孤独感や内省的な感情をインタビューでは赤裸々に語ってくれました。急速な成功の中で経験したインポスター症候群や、アーティストとしての自己同一性への葛藤、そして音楽制作への純粋な情熱が織り交ぜられた、率直で奥深い言葉によって新作の背景にある世界が広がっていくようです。



急激な成功の光と影─インポスター症候群との闘い

──ニュー・アルバム『Loner』について、あなたは「この1年間の自分自身と人生をありのままに表現した、最もオーセンティックな作品」と語っていますが、制作過程で特に印象的だった出来事や感情は何でしたか?

出来事や感情とは違うかもしれないけど、自分の中で最も存在が大きくインスピレーションになったのは、ツアーの経験だったと思う。ツアーでとにかく世界を周りショーをやって、道中で過ごし、他のことをする時間や自分らしくいる時間がほとんどなかったあの期間。すごく長かったし、本当に素晴らしく、本当に楽しかった。そして、あの時間があったから、小さな隙間を見つけて音楽に集中して取り組むことができたし、自分の中のすべてを注ぎ込むことができたんだ。本当にその時間しかない、というあの緊迫感がそうさせたんだよ。今回、作品が最もオーセンティックだと感じることができた大きな理由はそこなんだ。今回の制作過程では、他のことを考える余裕なんてまったくなかったからね。本当に自分と音楽だけがそこに存在していた。今回は、その1年間がぼくの人生に与えた変化のインパクトをレコードで表現したかったんだ。

──あなたが今言ったように、世界的なライヴ活動やフェス出演が続きましたね。緊迫感のほかに、その経験は『Loner』の制作やテーマにどう影響しましたか?

前回のアルバムをリリースしたあと、ぼくにとってはすべてが本当に急展開で、それは信じられないほど素晴らしい経験だった。そして、その経験ができたことに心から感謝しているし、とても恵まれていると思う。でも同時に、生活が急変したことで、対処しなければならないこともたくさんあったんだ。小さな変化や大きな変化が次々と、まるで一夜にして起こったかのようだったから。インポスター症候群と向き合わないといけなかったし(※)、小さな会場から突然多生の観客の前でパフォーマンスするという変化が一夜で起こるなんて普通はないから、感情を処理するのがかなり大変だった。まさか、ここまでそれと向き合うことが大変だなんて思いもしなかったよ。だから、その緊張感を避けようとしていたんだ。でも今は、その経験を完全に受け入れられるようになった。そして、その状況でアルバムを作るという経験がある意味孤独だったから、タイトルが『Loner』になったんだ。

※インポスター症候群(偽者症候群):自分の能力や成果を正当に評価できず、「自分は本当は能力がない偽者で、周囲に見抜かれてしまうのではないか」という恐怖や不安を抱く心理状態。特に急速な成功を収めた際に、「自分にはその地位や評価を受ける資格がない」と感じてしまう現象。アーティストやクリエイターなど、創作活動に従事する人々にしばしば見られる。

──このあとちょうどタイトルについて聞こうと思っていたところでした。『Loner』というタイトルには“ひとりぼっち、一匹狼”のニュアンスが含まれますが、このタイトルにした理由についてもう少し詳しく聞かせてください。

ツアー、そしてその中でのアルバム制作という経験は、ぼくを孤立させた。さっき話したように、突然の変化に対応するために、緊張を避けるために、ぼくは自分を少しだけ孤立させたんだ。それは正しいことではなかったもしれない。でも、当時はそうするしかなかったし、今ならなぜ自分がそうしたのかも理解できる。今回のアルバムを作る過程でぼくが向き合っていたのは、他の誰でもなく、他の何でもなく、本当に自分自身だけだったんだ。

──タイトル決定までのプロセスに葛藤はありましたか?

タイトルは、毎回すごく自然に降りてくるものなんだよね。だから葛藤はまったくなかった。タイトルを何にしようと考えたりも特にしなかったし、いつどんなふうに今回のタイトルを思いついたか明確には覚えてないけど、道を歩いていた時にパッと思いついた、みたいな感じだったと思う。


聴き手の心に委ねる音楽─曖昧さという美学

 

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──本作はご自身の内面や人生の問いを深く掘り下げたパーソナルな作品とのことですが、リスナーにもどんな問いや感情を投げかけたいですか?

特にないかな。ぼくは自分の音楽から何かを感じてもらいたいと期待したことは一度もないから。音楽の素晴らしさのひとつは、人々が自分自身の意味を自由に見出せることだと思うんだよね。だから、ぼくはあまり音楽の意味や内容を過剰に説明したくないんだ。説明してしまうと、その人が自分にとっての意味を見出すチャンスを失ってしまうから。“投げかけているのはこれです”と言われてしまうと、聴き手はそういう受け取り方しかできなくなってしまう。でも、何の先入観もない状態で聴くと、人によってそれぞれ異なる意味を見出すことができると思う。だから、ぼくは曖昧なままにしておくのが好きなんだ。そうすることで、人々が彼ら自身の意味を見つけることができるから。問いも、感情も、メッセージも、みんなが自由に感じてくれたらいいなと思う。

──前作『When Will We Land?』のアプローチが影響を受けた音楽のコラージュだったのに対し、『Loner』ではどのような変化や進化を意識しましたか?

サウンド的には、今回は前回に比べてバンドの音楽をたくさん聴くようになったんだ。エレクトロニック・ミュージックには数年間ずっと浸っていたし、ツアーでも何度も演奏しまくった。だから、少し飽きてしまった部分があったのかもね(笑)。だから、最近はフェスに行ったりショーを見にいく時は、もっとバンドやロック・ミュージックを観に行くようになったし、そういう音楽を好んで聴くようになった。もちろんエレクトロも聴いていたけど、他の音楽にももっとオープンになったんだ。それは多少影響しているんじゃないかな。大きな影響はないかもしれないけど、少しは出ていると思う。そして、曲作りのアプローチに関して変わったのは、とにかく自分がやりたいことだけをやったこと。前は、曲を作ると、それを聴き手にとってより消化しやすく親しみやすいものに変えていたんだよね。でも今回はそれをしなかった。今回は、自分自身がやりたいことだけを考えて曲を作っていったんだ。

──「The Person You’d Like To Be」の冒頭で“変化こそが唯一の常”と語られていますね。

“変化こそが唯一の常”というのをアルバムのオープニングに持ってきたかったんだ。“変化以外に永久に続くものはない”のというのはまさにその通りだと思うし、それを冒頭に持ってくることによって、最初からみんなにぼくと一緒に新しいこのアルバムの旅にオープンマインドで参加してほしいと思って。ぼくは、今回のアルバムで以前やったことを繰り返したくはなかった。このレコードでは、そんな自分を正直に表現したかったんだ。

──アルバムでは、ご自身の変化をどのように音楽に反映させましたか?

これがその質問の答えになるかどうかはわからないけど、とにかく生活が最初のアルバムを作った時と比べてガラッと変わったんだよね。自分の経験について素直に書くことで、その変化を音楽に反映させたんだ。だからある意味、ぼくにとっては何も変わっていないんだよ(笑)。自分の経験や人生が表現されているのは前のアルバムでも同じだから、やっていることは同じなんだ。でも、生活が変わったことで内容が変わり、それによってサウンドに違いが出ていると思う。どちらもぼくの存在を表現しているという点では変わらないんだけどね。ぼくの存在そのものが変わったということさ。

──「Cars Pass By Like Childhood Sweethearts」や「Marriage」など、ノスタルジックでエモーショナルなトラックも収録されています。これらの楽曲に込めた思いを教えてください。

ごめん、「Cars Pass By Like Childhood Sweethearts」については正直よく覚えていないんだ(笑)。何がインスピレーションだったか思い出そうと思っても全然思い出せない(笑)。あの曲を書いたのはたぶん1年前くらいだったと思うんだけど。一瞬でできた曲なんだよね。

──わかりました(笑)では、その曲についてどんな曲かを内容を話すことはできますか?

すごくメランコリックで、内省的で、感情的で、そしてとても美しい曲。人々がこの曲を美しい音楽と感じてくれることを願ってるけど、何がインスピレーションだったかが本当に思い出せない(笑)。それくらい本当に早く完成した曲で、その時の気分がそのまま表現されているんだ。

──では、「Marriage」についてお願いします。

これも「Cars Pass〜」と同じように具体的には覚えていないんだけど、覚えているのは、あのヴォーカル・サンプルが意図的だったということ。曲のタイトルは「Marriage」で、結婚は美しいものってイメージがある。でも、ぼくがタイトルを「Marriage」にした理由は、多くの人にとって結婚は同時に本当に孤独なものでありうるから。アルバムのタイトルも『Loner』で一匹狼という意味だけど、結婚って、美しくてポジティヴなものであると同時に、多くの人々にとって本当に大変で孤独も意味すると思うんだよね。だから、“My heart is closed for the season”っていうヴォーカル・サンプルをわざと逆再生して、悲しいことかのように何度もスピンさせているんだ。

──あなたが言う結婚が孤独というはどういう意味ですか?

結婚の状況にもよると思うんだけど、ぼくの経験から言うと、と言ってもぼくは結婚していないから過去の恋愛経験だけど、ひとりでいる時よりも誰かと付き合っているときの方が孤独を感じたことがあるんだ。誰かと一緒にいても、本当にはその相手と繋がっていない、あるいはそれが良い関係ではない場合、すごく孤立感や孤独感を感じる。ある意味、ひとりでいる方が自分らしく生きる可能性が高くなったりして、少しだけ孤独感が軽くなったりするんだよね。わかる?(笑) もし誰かと一緒にいることで自分らしくないと感じたり、相手と繋がっていないと感じると、それは逆にかなり大きな孤立感を生み出す。パートナーが自分のことを理解してくれなければ、それは一種の孤島になるんだ。もちろん、結婚や恋愛が楽しい、面白いと感じる人もいると思う。でもぼくには違う時があって、それを曲にしたかった。だからこの曲には、“My heart is closed for the season”って言う悲しい歌詞があって、孤独を歌っているんだよ。


友人とのコラボレーションの意味

──O’Flynn、Séamusとのコラボレーションの意図と、ご自身がイメージしていたよりも拡張した曲になったのでしょうか?

ぼくはあまり人とコラボレーションをしないし、他のアーティストと一緒に仕事をすることも少ない。コラボレーションをするのは、本当に近い友人たちだけなんだ。なぜなら、友達と仕事をしている時こそ、音楽を作る上で本当に重要な心地よさを感じることができるから。友達とのコラボは、音楽作りには最適な環境なんだ。シーマスは大学時代からの親友で、彼は本当に素晴らしい詩人でもある。彼はこれまで何も発表していなくて、オンラインにも彼の作品は載ってないけど、彼には本当に才能があるんだ。ぼくは彼の詩の朗読会に通っていて、彼の素晴らしさを知っていたら、ずっと一緒に何かやりたいと思っていた。だから彼に連絡をとって、一緒に作品を作ることにしたんだ。彼はいくつか断片を送ってくれて、ぼくがその周りに音楽を構築し、スタジオに入ってレコーディングしたんだよ。シーマスは歌詞を全部書いてくれたんだけど、彼はスコットランドに住んでいるから、何度も電話をして、アルバムのテーマや、それを彼の書く歌詞にどう取り入れられるか、ストーリーをどう語ればいいかを話した。

そして、O’Flynnも驚くほど才能がある。彼はぼくの家のすぐ近所に住んでいるんだけど、彼は、ライターズブロックに陥っていたぼくを助けてくれたんだ。たぶん、ぼくは前のアルバムをリリースした後の周りからの期待にプレッシャーを感じていたんだと思う。だからしばらくアルバムを作ることから離れていたんだけど、その期間、ぼくは彼の家に行って音楽を作るようになった。そして、友達である彼と音楽を作るのがすごく楽しかったから、それがすごく役に立ったんだ。偶然にもぼくたちは本当にクールなものを作ることができて、それがぼくにとって最初のステップになった。おかげで、“そうか、あまり考えすぎなくてもいいんだ。自分が作りたいものを作ればいいんだな”と思うことができて、少しずつ前に進み始めることができたんだ。

──デジタルプロダクションとオーガニックな音楽の融合が特徴ですが、今作でサウンド面で特にこだわったポイントは?

こだわりは特になかったな。今回は、ただ自分がその時に本当に作りたいものを作ることだけが意識したことだった。だから、あまり“これをやる”とかそういうことは考えず、その瞬間だけに集中して、その瞬間を大切にすることに務めたんだ。スタジオに入って座り、曲を書くたびに、頭を空っぽにして自分から出てきたものだけを使って曲を作り、スタジオを去る。そのスタジオでのセッションの積み重ねがアルバムになったって感じかな。後になってすべての曲やサウンドが明確な意味を持っていることが見えてきたけど、曲を作っている間は特にアイディアやこだわりみたいなものはなかったね。

──なるほど。では、アルバム制作を始めた時点ではアルバムのイメージや青写真みたいなものはなかったんですね?

4、5曲作ったあたりから、曲に共通のテーマがあることが見えてきたんだ。そして、作り進めるうちに“あ、これがそうだな”と気づいた。それが分かってから、テーマについて考えて曲を作るようになり、一貫性のあるアルバムにする方法を考えるようになったんだ。例えば、アルバムのテーマのひとつが孤立や疎外感だなと感じてからは、詞の一部をAIの声みたいなものにして流してみたりもした。孤独やテクノロジーの影響といったものについて話しているのなら、そういったものを活用してアルバムに取り入れることで、そのテーマを強調できるんじゃないかと思ってさ。

──テーマに気づき方向性が見えてからの方が曲作りはスムーズになりましたか?

いや、逆にもっと難しくなった(笑)。テーマがある分、制限ができてしまうというか。まあ、それでもあまりとらわれすぎないようにはしたけどね。

──アルバム制作中に最も苦労した点、逆に最も楽しかった瞬間を教えてください。

苦労した点はなかったというのが正直な答えだと思う。苦労というか一番大変なのは今(笑)。アルバムが表に出て人々がそれを聴くのを待って、しかもそれを気に入ってくれるかどうかがわからないこの瞬間だね(笑)。音楽を作るたびにこの感覚を覚えるんだけど、それが一番ぼくにとっては難しい点で。音楽を作っている最中は、本当に良いものを作ってると感じることができていて、自信に満ちているんだ。でも、それをリリースするとなると、“あ、あの部分はもっとこうするべきだったかも”なんて疑い始めちゃうんだよ(笑)。楽しかったのは、制作過程全体だね。

──急速に注目を集める中で、ご自身のアイデンティティやアーティストとしての立ち位置に変化はありましたか?

変わったと思う。それを言葉で説明するのは難しいんだけど、プラスにもマイナスにも変わったと思うね。マイナスの方から話すと、ぼくのアーティスト名はBarry Can’t Swimだけど、ぼくの本名はジョシュで、ジョシュとしてのアイデンティティが一時的に変わったと思う。さっきも少し話したけど、インポスター症候群とプレッシャーと戦わなければならなくなったからね。だから、自分とバリーを分けていたんだ。バリーでいるときは、ジョシュと繋がっていないような感じがしていた。でも、今ではジョシュとバリーをもっとうまく融合させることができるようになったんだ。アルバム制作を進める中で、ジョシュとバリーが同じだと感じられるようになった。うまく説明できないけど、バリーだけでいる方が簡単だったから、以前はジョシュとバリーの間に距離を作っていたんだ。ぼくの代わりに誰かがやってくれるみたいな感覚を持てたからね。それは正しいことではなかったけど、それがぼくの対処法だった。

今振り返ると、それも良いことだったと思う。それを経験したことで、自信を培い、成長し、すべてを受け入れることができるようになったから。そして、ジョシュとバリーは同じものだと気づくことができたから。ステージに立つ時、自分はジョシュだけどバリーでもあると思えるようになったんだ。ただ名前が違うだけ。うまく説明できないけど、それがぼくのアイデンティティに起こった変化だと思う。前は起こっていることが現実に感じられなかったけど、今は現実に感じられるんだよね。


日本への想いとフジロックへの期待

──7月のリリース直後にフジロックフェスティバルで初来日されますが、日本のファンやライヴにどんな期待やメッセージがありますか?

ぼくはただ、みんながショーに来てくれればそれが一番嬉しいよ。前回は冬にプライヴェートで日本に行ったんだけど、5日間くらいしかなかったから東京と京都しか見れなかった。だからあまり日本を探索はできなかったけど、それでもすでに日本は最高の場所だと感じたんだ。すぐにぼくのお気に入りの場所になって、世界中どこを探してもこれ以上行きたい場所はないというくらいとにかく大好きになった。それくらいすべてが本当に素晴らしかったんだ。スコットランドとはまったくの別世界だった。だから、フジロックは今年一番楽しみにしているショーのひとつなんだ。大好きな国に行って演奏して素晴らしいオーディエンスのみんなと一緒に時間を過ごすのが本当に楽しみ。そして、ぶらぶら歩いて美味しい日本食を食べれたらいいな。日本のレコードショップにも行ってみたい。日本の音楽を見つけたいんだ。70年代や80年代の日本のジャズやファンクをね。こっちでは手に入らないような珍しいレコードが見つかるといいな。7月のフジロックでみんなに会えるのを楽しみにしているよ!

インタビュー・文/油納将志 通訳/原口美穂

Barry Can’t Swim
『Loner』

 

ZENDNL312_PACKSHOT_3000

 

レーベル:
Ninja Tune / Beatinc
発売日:
Now on Sale

TRACK LIST

1.
The Person You’d Like To Be
2.
Different
3.
Kimpton
4.
All My Friends
5.
About To Begin
6.
Still Riding
7.
Cars Pass By Like Childhood Sweethearts
8.
Machine Noise For A Quiet Daydream
9.
Like It’s Part of the Dance
10.
Childhood
11.
Marriage
12.
Wandering Mt. Moon
Bonus Track
Kimbara

 

Link

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